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 奈良県北葛城郡河合町は古代に造営された多くの古墳がある町として知られている。
 良く知られているのは、近鉄田原本線の南にある馬見(うまみ)丘陵公園であり、そこには馬見古墳群の中央群が集積している。
 近年に墳丘の半分に葺石・円筒埴輪列が復元された「ナガレ山古墳」やホタテ貝形の「乙女山古墳」などがあり、多くの人が公園を訪れ古代の文化に触れあっている所である。
 近鉄線の北側には馬見古墳群の北群があり、今回はその北群の中の最大の古墳である「川合大塚山古墳」を訪ねて、河合町の中央駅である「池部駅」下車した。
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この池部駅の直ぐの左手には河合町役場への入り口である木造瓦葺の屋敷門がある。

 役場の敷地は元々は別荘地だったらしく、その入り口はそのままの形が保たれているとのことである。
 池部駅から北へ約1kmの所に「川合大塚山古墳」がある。
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(上図の右手が北)

 早速、訪ねてみることにする。
 池部駅から東へと進み、途中から県道5号線を北上する。
 暫く歩くと、右手に古墳の墳丘が見えて来る。
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 この古墳、墳丘を取り巻く周濠は田畑へと変貌を遂げているが、その形は良く保存されている。
 そして幸いなことに、周濠跡を取り巻く外堤の部分には遊歩道があるため、古墳の周囲を巡ることができる。
 まずは前方部の周濠跡である。
 前方部は南向きである。
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古墳の西側の外堤の遊歩道を北へと進む。

 後円部へ近づいたところから西側の周濠跡を見返ってみる。
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 そして次は後円部の全景である。

 少し離れて眺めてみる。
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この川合大塚山古墳の墳丘長は215mで、河合町内では最大、奈良県内では20番目ぐらいの大古墳である。

 古墳の半周を終了した。
 直ぐの北側の交差点は、西穴闇(にしなぐら)と云う。
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その交差点の北に、ラーメンチェーン店がある。
 「S元帥」という。
 丁度昼時であったので、このラーメン屋に入ってみることにした。
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S元帥と云うからには塩ラーメンが売りであろう。

 店へは直ぐに入ることができない。
 いわゆる行列である。
 20分ぐらい待たされ、やっと店内のカウンターに着席することができたのであった。
 さて、注文である。
 初めての店なので様子は分からないが、このような場合はトップに書かかれてある料理を注文することにしている。
 「天然塩ラーメンを」注文したのであった。
 待ち時間がありそうである。
 手持無沙汰なので、ネットでS元帥を調べてみた。
 ここのラーメンの志は、添加物を一切使わず、自然素材のみで全てを調理するそうである。
 70種類もの素材をミックスして完成させるとのことで、健康に配慮したラーメンとのことである。
 大いに期待が持てる。
 待つこと10分ぐらいか、やっとラーメンが出てきた。
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表面は少し脂ぎった感じであるが、この脂分はスープを冷めさせない工夫であろう。

 ラーメンを頂いている途中でも熱いスープを飲み続けることができたのであった。
 麺は中細のストレート麺、気取らずに素直に美味しい麺である。
 チャーシューは柔らかく、良く仕上がっている。
 久しぶりに美味しいラーメンを頂いたのであった。
 さて、古墳探索の続きである。
 頂点の後円部まで来ていたので、今度は東側の周濠跡である。
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 こちらも田畑として活用されている。
 しかし東側の周濠には墳丘へと至る渡り土手が敷設されている。
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 墳丘の中へ入ってみると、登って行く道があったが、今回はパスとした。
 渡り土手の入り口に、古墳の説明書きがあった。
 古墳の絵図である。

川合大塚山古墳は、5世紀中ごろから6世紀初頭にかけて築造された古墳で、奈良県内では最大級の古墳とのことである。

 被葬者は不明であるが、大和川の水運に密接に関係ある人物とされている。

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