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 近鉄電車の奈良西大寺から京都に向かう京都線の大和西大寺駅の北隣に平城という駅がある。
この駅から北方向は平城山(ならやま)という100m強の丘陵地帯となっていて、奈良県と京都府の府県境となっている。
この丘陵地帯の手前に、神功皇后陵や成務天皇陵を始め幾つかの皇室関係の陵墓が並んでいる。
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 今回、平城駅で下車し、陵墓はまた別の機会にして、西方向の秋篠寺へ向かった。
途中の奈良競輪場の傍を通り過ぎ、秋篠寺へと到着した。秋篠寺は法相宗の寺院として奈良時代に創建されたものである。
光仁天皇の勅願で善珠僧正が薬師如来を本尊とする寺を造営したとか、それ以前に秋篠氏の氏寺があり、それを光仁天皇が善珠僧正を招いて勅願寺に変えたとも云われ、はっきりはしていない。

 そして秋篠寺は、平安時代以後は真言宗に転じ、明治初年に浄土宗に属した。
しかし、戦後は既成のいかなる宗派宗旨にも属していない寺である。拝観入り口の東門から入る。

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石積み、漆喰の塀に突き当り、塀に沿って進む。
苔蒸した庭がある。
金堂があった場所と云われる。

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 さらに進むと広い場所に出る。
そこには開山堂があり、そして本堂が佇む。
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本堂の内には重要文化財である多数の仏像が安置されているが、中でも2mもある伎芸天像(ぎげいてんぞう)が有名である。

 さて、この秋篠寺と云えば皇室の礼宮に関係する。
平成2年の結婚後、陛下から歴史ある皇室ゆかりの地名に因んだ「秋篠宮」の宮号を賜わった。
その当時、妃殿下である「紀子様」の横顔が伎芸天像に似ていられるという評判が起こり、多くの人に関心を持たれたことは有名な話である。
 秋篠寺の南門を出ると、そこには隣合わせで八所御霊神社が鎮座する。
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現在は早良親王を含め八柱を祀る神社であるが、当初から秋篠寺の鎮守として創建されたものである。

 秋篠寺の拝観は終わりである。
昼時にはまだ一時間ほど早い。
折角だから少し歩いてみようと、バス便がある北方向のならやま大通りに向けて歩き始めたのであった。
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 電車の1駅分だからそんなにかからないと思ったが、結構時間を要した。
やっとの思いで、ならやま大通りの押熊(おしくま)に到着したのであった。
 さて昼ごはんである。
この通りは、平城山を東西に縦断するこの辺りのメインストリートである。
A級からB級まで、色んなパターンの食事処がある。
1時間近く歩いたので、ガッツリ行こうと思い、たまたま目にしたラーメン店を選んだのであった。
 そのラーメン店は「KP本舗」と云う名前である。
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どこかで見たようなと思いつつ、店に入ってみた。
入ってみると豚骨ラーメンの店である。

 食券制である。良くは分からないので基本のラーメンを選び、カウンターに座ったのであった。
やってきた店員嬢に、カタメンといって注文を完了した。
 待つこと5分ぐらいか、待望のラーメンが出てきた。
揚げニンニクが数個入った小皿も付いてきた。
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 スープは見るからに濃厚である。
麺はというと細麺のストレート、好きな麺である。
トッピングは、チャーシュー、メンマ、刻み葱である。
ニンニクは潰してラーメンに乗せた。
さあ、頂いてみよう。
 スープは外見によらずアッサリと感じる。
チャーシューは脂が多く軟らかい。
そしてメンマも炊き込んで軟らかい。

 腹が減っていたこともあり、結構進んだ。

麺鉢の横のカウンター上にカードが置かれている。「替え玉無料」とある。
いつもは替え玉はしないのであるが、無料となればしてみよう。
替え玉待ちとなった。

 さすがに替え玉は胃に厳しい。
しかしギブアップするわけには行かず、気合を入れて完食した。
 ちょっと休憩した後、表のならやま大通りに出て、バスを待って、今日はここまでとしたのであった。
 後で調べてみたら、このラーメンチェーン、大阪千日前に本店を置く20店舗程度を運営する会社であったのである。