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 大阪市街地の南にある天王寺駅界隈には、JR、地下鉄、近鉄、阪堺電鉄の駅が集まっていて、乗り換えとして良く利用する。
そして時間があったりすると、昼食や付近の探索にはもってこいの駅でもある。
 今回は、高層ビルの「あべのハルカス」の地下部分にある「あべの市場食堂」を訪れ、昼食としてみた。
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この食堂街には、比較的大きな店構えが数軒並んでいる。
チェーン店のようで、手軽に利用できるような店ばかりである。

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 客の入りを見て、多すぎず少なすぎずの店を探した結果、丼ぶり専門店の「DD亭」を選んだのであった。
オープンな店で、多くのカウンターで構成されている店である。
そのカウンターの一角に腰を降ろし、メニューを眺めて見た。
 天どん、カツ丼、親子丼などの丼があり、そしてそれをアレンジした丼もある。
その中から、余り変わり映えはしないが、「玉子とじ天丼」を選んでみた。
「ふわふわ玉子」という修飾語付きである。
 5分程度待って丼が出てきた。
天ぷらの海老、鱚の上に、大量の玉子がトッピングされている。
さらにその上に、刻み海苔、刻み青ネギが乗せられている。
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天丼は、醤油のタレが掛けられているのが普通で、原型を保った天ぷらを、タレの掛かったご飯と共に食べるものであるが、今回の玉子とじは、カツ丼でよく出会う形のものである。
玉子と天ぷらのコロモが合わさったものは、どの様な具合なのであろうか?
山椒を振り掛け、さあ頂いてみよう。
 やはり、サクサクとはいかない。
玉子とコロモがミックスされ、従来の天丼とは違って、シットリとした柔らかな食感である。
玉子と合わさり、ご飯とよく合う食感であることには間違いがない。
 その分、天ぷらネタが遊離、独立したような食べ方となる。
これが玉子とじ天丼の味わいなのである。
納得したところで完食、市場食堂を後にしたのであった。
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 さて食事の後は近場の探索である。
 天王寺と云えば四天王寺である
聖徳太子が創建した大寺院であるが、その創立時、寺院の鎮護のために七つの神社も創建したと云われる。
四天王寺七社と云われる神社群で、四天王寺の周囲に配置されている。
これらの神社を、駅から時計回りに回ってみることにする。
 先ずは四天王寺の西側である。
天王寺駅から谷町筋を北上し、天王寺公園を過ぎ、茶臼山の東辺りに来るとそこには「堀越神社」が鎮座している。
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 かつて四天王寺やこの神社の南には堀があった。
その堀を越えて神社に参ったことからこの名が付いたと云われる。
かつて和気清麻呂がこの堀を利用し大水路を築こうとして失敗したと云う謂れのある堀である。
 尚、堀越神社の祭神は、聖徳太子の叔父の崇峻天皇であるとのことである。
 次に、更に北に行くと、星光学園と云う学校がある。
そのキャンパスに沿って左折し、愛染堂勝鬘院の前を過ぎると正面に「大江神社」の鳥居がある。
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祭神は、豊受大神、素盞嗚尊、欽明天皇、大己貴命、少彦名命である。

 この神社には、七宮の内の三つの宮が合祀されている。
回る順番に神社名を挙げると、上之宮神社、小儀神社、土塔神社である。
 次は、四天王寺の北側である。
現在の上之宮学園の南筋向いに「上之宮址」の石碑がある。
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九十九王子の4番目でもあったが、今はこの石碑以外には何もない。

 次は東側である。
四天王寺の東門まで来たので、ついでに四天王寺の境内に入ってみる。
五重塔とあべのハルカスとのコントラストを眺めたところで、七宮の再開である。
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 東門前から東へ延びる筋を少し行って左側に「小儀宮趾」の石碑がある。
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これも大江神社に合祀されているので、石碑以外には何もない。

 もう少し東へ進むと興国高校の手前に「久保神社」が健在である。
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祭神は天照大御神、熊野大神、稲荷大神である。

 四天王寺建立の願が成熟したことから、願成就宮とも云われていて、境内にはその社も祀られている。
 次は、南へと下る。
 四天王寺の東南方向には「河堀稲生(こぼれいなり)神社」が鎮座している。
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祭神は宇賀魂大神、崇峻天皇、素盞嗚尊と云われる。
元々は景行天皇の時代に創建された稲荷神社であったが、四天王寺の創建と共に崇峻天皇が合祀されたと云われている。

 最後は四天王寺の南側である。
南門の傍に「土塔神社」が祀られていたと云われるが、今は何も見当たらない。
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 これで、七宮を一周である。
この後、天王寺駅へと戻ったのであった。

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