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 福井県の東北部の奥越に当るところに大野市と云う街がある。
福井駅から九頭竜湖に向かう越美北線でという鉄道やバスで行くことができる。
 この街は古くから、美濃、飛騨と越前との交易で栄えた所であり、また湧水が綺麗な所であるので、酒蔵や醤油蔵が街の大きさに比べては多いところである。
更に戦国時代以降、大野藩の城下町でもあったところで、今なお街の中心部はその城下の区割りが引き継がれているところである。
 その大野市にある大野城を訪ねてみようと、鉄道の越前大野で下車した。
駅から西に向って、途中趣のある町屋や武家屋敷を眺めながら、30分程歩けば大野城が聳える亀山の麓に到着する。
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 麓には百間堀が改修はされてはいるが残されている。
その堀の内側は城の二ノ丸、三ノ丸で、近年は大野高校、現在は小学校となっている。
堀の横から山に近づくと柳廼社(やなぎのやしろ)という大野藩主の名君であった土井利忠を祀る神社が鎮座している。
その裏手が南登城口である。模擬城門が建てられている。
 天守は山の頂上にあるのでそこからの登山となるが、遊歩道が整備されているので、そう難しくは無い。
 暫く登ると亀山の尾根筋に達し、そこには土井利忠の像が設けられている。
そこからはもう一息である。
石段を登り、虎口に設けられた門を潜り、天守の下に出たのであった。
 天守の石垣は自然石を積み上げた野面積みである。
石垣は、城全体にそのままの状態で保存されているのは見事である。
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 改めて天守を眺めると、2層3階の大天守、そしてその横に小天守がある。
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しかしながら大野城は明治の廃城で破却され壊されている。

 それを良しとしない地元の人達と有力者の寄付にて、昭和の後半に資料に基づき再建されたものである。
 登ってきた天守の尾根の逆側には、大野城を築城した金森長近の像が建っている。
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 そこから遊歩道を下りながら大野の街を眼下に眺め、もとの神社と堀の所に戻り、城見学は終了したのであった。
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 さて、昼ご飯である。
実は、街歩きの最初に観光案内所に立ち寄った時、醤油カツ丼と云う名物があることを教えられていた。
城の登り口あたりにもその店があることも分かっていたので、早速そこへ向かったのであった。
 その店は「IF」と云う。昔ながらの食堂風である。
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もう一軒明治風の登録有形文化財の店もあったが、人が多そうだったので避けたのであったが…。

 店内も昔ながらの食堂である。
20席ぐらいの店であるが、客はゼロであった。
静かで良いねと思いながら、接客嬢に醤油カツ丼を注文したのであった。
他にもソースカツ丼や玉子カツ丼もあったが、今回はこれである。
 10分位待ったであろうか?
カツ丼、味噌汁、漬物のセットが出てきたのであった。
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 ご飯をベースにその上に細切りのキャベツが一面に、その上にトンカツ、そして大根おろし、その上に醤油が掛けられ、頂上にちぎり板海苔が乗っている。
 さあ頂いてみよう。
先ずは醤油の味である。
大根おろしを食べてみる。
醤油の味も、大根おろしの味もしない。何か別物を食べているようである。
 次に醤油の掛かったキャベツ、これも素直に食べることができる。
さらに醤油の掛かったご飯、これはそのままでも美味しい。
最後にカツ、肩ロースのようであるが、柔らかくて美味い。流石にプロの味である。
 この醤油カツ丼、上手く作っている料理であることを認識し、最後まで美味しく頂いたのであった。
 帰りにレジで支払いをした。
「美味いですね」と言い「この醤油なら具は何もなくてもイケますね」と重ねた。
レジの横を見ると醤油屋のカレンダーが掛かっている。
「NM」醤油とある。
「醤油はここで造ってるんですか?」「そうです」のやり取りで店を後にしたのであった。
 この醤油屋の社長が、友達からソースカツ丼があるのになぜ醤油カツ丼を作らないんですか?、と云われたことに発奮し、研究を重ね開発したとのことである。
 カツ丼提供店は大野市内で20数軒、福井県内で50軒程度の店があるそうである。
そして醤油カツ丼、地元では「SK」で通じるとのことである。

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