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 神戸には昔から瓦せんべいと云う名物がある。
名前だけは良く聞いていたが、まだ口にしたことは無かった。
 神戸はよく電車で通過する。
今回は思い切って神戸の元町駅で途中下車して、瓦せんべいの店を訪ねることにした。
この元町界隈に瓦せんべいを製造・販売する2つの本社があるからである。
準備事項はそれぞれの住所を調べただけであった。
 瓦せんべいとは、屋根の瓦の形に焼き上げたせんべい菓子のことを指す。
瓦のように少し湾曲している。
大きさは本当の瓦くらいの大きさのものから、5cm角位の小さなものまで、多種多様な物が販売されている。
 JR元町駅で途中下車して、まず駅の東方向にある「Kの井K堂本家」を訪ねた。
住所を頼りに訪ねたところは店舗を持たない本社であった。
これを訪問してもしようがないので、素通りした。
諦めて歩いていると、JRの高架下に専売店らしきものを偶然見つけた。
ここが本店のようである。
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 早速入って、瓦せんべいとお勧めの瓦まんじゅうを購入して、店員さんに聞いてみた。
「もう一つKさんという、瓦せんべいの店がありますが、どちらがどうなんですか? 元は一緒だったんですか?」
「どちらも名前がKで、元は一緒だったと聞いてます。実は姉妹が店を継ぐことになって、別れて今に至っています」
と、明快に答えを頂いたのであった。
 それ以上の話は必要ないのでそこそこにして、もうひとつの店に向かった。
 もうひとつの店は「K井堂總本店」という。
元町の駅からずうっと西、元町の商店街がほぼ尽きようとするところにあった。
ここは昔ながらの店構えであった。
元はと云うと西国街道沿いに店を構えたそうである。その街道が元町商店街となったのだそうである。
 店に入って、当初の瓦せんべいに近いものを聞いて、買って、聞いてみた。
「もうひとつのKさんと云う店と2つありますが、どちらが本家ですか?」
「本家はウチです。歴史があります。」
と、パンフレットを出して説明してくれた。
「今はせんべいは機械焼きなんですか?」
「そうでもないんですよ…。半分は機械焼きですけど…」
と、手焼きとの併用らしい。
 そして、
「お土産用もあるけれど、今は進物用も多いんですよ」
と、そういう包装パッケージを見せてくれた。
確かに「ご挨拶」とかの文字が描かれている。
 なるほどなるほど…。
神戸の伝統の菓子だから進物に使うと、そこいらの有り物とは一味違う、心を込めてと云うことになるんであろうと思われた。
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 瓦せんべいを味わって見た。
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見た感じは普通の茶色く焼いたせんべいであるので何の変哲もないが、食べるとふわり玉子焼きを香ばしくしたような味がした。
意外と軟らかく、パリパリとシットリとの間ぐらい。
そして、中身も隙間が少なく、よく詰まっているようだった。

 先程貰ったパンフレットから、瓦せんべいの歴史を辿って見る。
 このK堂の創業者で「瓦せんべい」の考案者であるM氏は明治の初めごろ神戸に出て来て菓子屋で奉公をしていたと云う。
M氏は創意工夫に長じた性格であった。
日頃製造をしている菓子に飽きたらず、新しい菓子を考えようとしていた。
 そこで、外国人が多い神戸ならではの入手しやすかった砂糖や玉子をふんだんに使い、小麦粉で練り上げ、鉄板で焼いた洋風の味覚を醸し出す菓子を作り上げたのであった。
瓦せんべいの完成である。
 その材料の具合は、偶然にもカステラの材料と同じになり、オーブンで焼けばカステラが出来上がると云うことでもある。
 長い鎖国で西欧文明に接したことのない庶民にとっては、このような洋風の味覚はとても贅沢で、文明開化の香りのする斬新な食べ物であったという。
 瓦せんべいは別名「贅沢せんべい」や「ハイカラせんべい」とも呼ばれた。
そういう意味からすると瓦せんべいは和菓子というよりは、神戸独自の洋菓子文化の始まりだったとも言えようか…?
 創業者となったM氏は自らの趣味であった古代瓦の収集から、せんべいを屋根瓦の形にしたという。
そしてせんべいに焼きつける図柄を考案した。
それは時あたかも明治維新の天皇制復古に因んで、神戸に建立された楠木正成を祀る湊川神社をヒントに、菊水の紋章を焼きつけて販売したのであった。
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 この瓦せんべいの創業は明治6年と云うことである。
140年近くも添加物を一切使用しない伝統の味を守ってきている、と云うことである。
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 この他にも瓦せんべいで有名な店がある。
それは神戸駅下車の湊川神社前にある「K水總本店」である。
明治元年にその場所に茶店を開いたとされている。
 そして湊川神社の社殿建立の際に瓦を寄進する習わしに因んで、その時瓦型のせんべいを作り、正成の勇姿をそこへ焼き入れたと云うことである。
 何れにしても、瓦せんべいは明治の初期に、神戸名物を作ろうとした菓子職人たちの、努力のたまものである。
決して疎かにできるものではない。
 最後に、余談をさせて頂く。
実は四国の香川高松にも瓦せんべいはある。
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 明治期は明治期であるが、神戸より少し後に作ったそうである。
ここでは、讃岐うどんで知られる良質の小麦粉と讃岐和三盆というこれまた良質の砂糖を使って焼き上げているとのことである。
そして瓦の形は高松の玉藻城の「そで瓦」を型どっているそうである。
この瓦せんべいは平坦なせんべいとなっている。
 こちらもせんべいの大きさの大小にかかわらず、鉄板の上で一枚一枚手焼きで焼いているとのことである。
以前に機械化が出来ないものかとチャレンジしたと云うことだが、焼き加減がうまくゆかず、逆に一枚ずつ丁寧に焼く手焼きの良さを認識したと云う。
 高松の瓦せんべいは神戸に比べてかなり堅い。
食べるのに一苦労するが、それはそれで味わい深いものであった。
この高松の店の名は「宗家K堂」という。
 瓦せんべいを販売する四店の頭文字は全てアルファベットの「K」である。
瓦せんべいのKと合わせて全てK。
 更に楠木正成もK、菊水紋もK。
瓦せんべいはKの複合とでも呼ぼうか…?

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