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 大阪市中央区の大阪地下鉄中央線の本町駅から堺筋本町駅に掛けての上部は船場センタービルと云う繊維関係の店舗や、一般の食事処が入居する総合ビルである。
ビルは1号館から10号館まであって、地下2階地上4階の東西に長細い建物である。そしてその上には高速道路が走っている。
 飲食店街は主に地下2階の駅の改札・コンコースと同じフロアーの東西の通りにあって、数多くの和食処や麺処、洋食レストラン、そして赤提灯の居酒屋などが並んでいる。

堺筋本町駅は良く利用しているが、ここでめったに食事することはない。
しかし今回は何か珍しいものは無いか探そうと、食事処を訪れてみることにし、ビルへの通路になっているドアを開けて入った。
その途端、熊本ラーメンの店「AS」が目の前にあった。

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探す手間も省けるので、早速入ってみた。
店内は結構広い。カウンターも10席以上はある。
カウンターの隅に腰を下ろしメニューを眺めてみた。

 当然のこと、熊本ラーメンを注文する積りであるが、その種類たるや沢山ある。
驚いたのは麺の硬さである。
「こなおとし」「ハリガネ」「バリカタ」「カタ」「ややカタ」「ふつう」「やややわ」「やわ」と8段階もある。
「ふつう」では面白くないので、「カタ」で注文したのであった。

料理が出てくるまでは暇である。
カウンターを見回すと、この店オリジナルの「フライドガーリック」「元気ふりかけ」の瓶が置かれている。
これは大きなチェーン店であることを匂わしている。
後で調べてみよう。

 そうこうしている内にラーメンが出てきた。
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 スープは豚骨のようであるが、澄んではいない。
場所によって色が違う。白かったり、茶色かったりである。
幾つかの混ぜ物があるのであろう。
トッピングはチャーシュー、ネギ、きくらげぐらいか。
 さて頂いてみよう。
 先ずはスープを一口、豚骨系であるのは分かるが、混ぜ物は何であろうか?
中華料理に良くあるような豆板醤?、あるいは韓国料理のコチュジャン?、良くわからないが発酵系統のような味である。
好きな味ではないが、ラーメンならば何とかいける。
熊本なのでマー油も入っているのであろうか? これも良くは分からない。
 次に麺、これはストレートの加水の少ない素直な麺である。
大好きな麺なので問題は無し。
 しかし食べていると味に慣れて来るものである。
何のかんのと言いながら最後まで頂き、満腹となったのであった。
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 ついでに近場を見てみることにする。
船場センタービルの東の端10号館から地上に上がり、少し東に行くと東横堀川が流れ、農人橋(のうにんばし)と云う橋が架かっている。
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 東横堀川であるが、豊臣秀吉の命により大坂城の西惣構堀(外堀)として開削されたと云われる。
現在は川に柱を立ててその上部を阪神高速道路が通っている。
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 農人橋は、江戸時代には幕府管理の公儀橋の一つとされ、船場から大坂城南端に向かうことができるものであった。
 その名付けは、農民が耕作のために通っていたとのことからだそうである。
現在は中央大通の橋となっている。
 その東北に生國魂(いくたま)神社の行宮(あんぐう)が鎮座している。
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 大阪三大祭である生國魂の夏祭りでは陸渡御が行われるが、この行宮に立ち寄り「行宮祭」が行われるところである。
拝殿本殿は本社と同じ神々が祀られている。
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 また本殿の隣には稲荷社も祀られていて、行宮とは云え、神社としての立派な体をなしている。
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 さて、熊本ラーメンの成り立ちを調べてみた。
熊本ラーメンは、豚骨ラーメン発祥の久留米市から熊本県北部の玉名市を経由し熊本市に伝わったラーメンと云われている。
スープは豚骨だけでなく鶏ガラも入れ、豚骨の臭みを取ったことと、スープにチップ状にした「揚げにんにく」やマー油を加えることが特徴であると云われる。。
また麺は低加水の中太のストレート麺で、堅めに茹で上げるのが特徴とのことである。

熊本ラーメンは3人の男たちによって始められたと云われる。
台湾からの留学生劉壇祥と木村一、山中安敏である。

 劉壇祥は熊本大学を苦学の末卒業し、甘味料の製造で財を成し、それを元手に苦学の時に助けられた木村や山中とともに不動産業を始めた。
当初は商売は順調に進んだが、昭和26年に北部九州を襲った集中豪雨により不動産業は頓挫、新たなビジネスを探した。
 ある時、豚骨スープのラーメンを久留米にて開発した「SQ」の玉名店をたまたま訪れたことがあった。
そしてその味に感動して、ラーメン店を始めることになったのである。
 味の研究を始め、何とかこれで行けるというレベルに達したので、先ずは木村が「MB軒」を熊本市内に開店し、次に山中が「KMRSK」を開店した。
劉は少し遅れて「KK」の創業に加わり、調理を務めていたが、後にに独立して「AS」を創業した。
そしてニンニクをラーメンに入れるという手法は「KK」時代に劉(後に重光と改姓)が開発したものと云われる。
 何と、今回味わった「AS」は熊本ラーメンの真髄に関わる店であったのである。
更に「AS」は、国内で90店弱、そして東アジアを中心に700店弱のチェーン展開をしていることにも驚いた次第である。

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