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いつもは通過駅か乗換駅の天王寺駅であるが、今回も途中下車して付近を眺めて見ることにする。
天王寺駅は大阪市南部の電車交通の要衝である。
天王寺駅には、JRでは大阪環状線、阪和線+関西空港線、大和路線(関西本線)が集まる。
また地下鉄では、御堂筋線と谷町線がある。
私鉄では、近鉄電車の南大阪線、駅は阿部野橋というが、奈良の吉野まで行っている。
更に路面電車の上町線まである。
この上町線は、住吉大社のところで新世界から来る阪堺線と合流して、堺の浜寺公園まで行く、いわゆるチンチン電車である。
天王寺界隈には、多くの見処がある。
まず北東方面(大阪駅方向)から回ってみよう。
古い商店街の歩道に張り出した庇の下を暫く歩いて行くと、聖徳太子が開いた寺の四天王寺の大伽藍に達する。
天王寺の名はこの四天王寺に由来する。
金堂や五重塔は内陣の塀の中にある。
外からながめ、境内を一周して、四天王寺高校の横から境内の外に出た。
余談であるが、この女子高である四天王寺高校はスポーツで幾多のメダリストを輩出している。
近いところでは、ロンドン銀メダルの卓球の石川佳純、少し古いところでは、シンクロの奥野史子、武田美保、立花美哉、もっと古いところでは、東京オリンピックの東洋の魔女、松村、磯部などである。
他にも、芸能界の金井克子、秋野暢子も出身となっている。
谷町筋を西へ渡り北西のゾーンへ行く。
まずは茶臼山。低い山であるが、真田幸村隊の六文銭の幟が立っている。
ここは大坂の陣で、幸村隊と徳川隊の最後の野戦が行われたところである。
木々に覆われ、何かゾクッとする神妙な雰囲気である。
茶臼山から池の向こうに見えている大阪市立美術館に向かう。
美術館の裏手に元住友家の庭園「慶沢園(けいたくえん)がある。
有名な庭園美術家、小川治兵衛の作庭によるものであり、美術館の用地と合わせて大阪市に寄贈されたものである。
美術館の横を回り、正面の大階段を降りて、橋を渡り始める。この橋は動物園入口に通じる橋である。
橋の途中から通天閣が良く見える。
通天閣はもう100年を経過した。
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引き返して、天王寺公園の中を通過しながら、駅前を目指す。
この公園、以前はフルオープンであり、野宿者も多かったと云われる。
近年、公園をフェンスで囲い、日中だけの開園としたため、綺麗な公園として維持されている。
四季の花やら、イベントやらが楽しめる所である。
公園の一角に長屋門が移築されている。
黒田官兵衛・長政で知られる筑前黒田藩の蔵屋敷の長屋門である。
元々は中之島の渡辺橋の西の黒田屋敷にあったものであるが、三井ビル建設の際に、公園内に移築されたものである。
公園から高層ビル「あべのハルカス」が良く見える。
地上300m、60階で、現在最高の横浜ランドマークタワーより数m高い日本最高のビルである。
当初目指した集客はどうであろうか?
聞くところによると展望台は半年で141万人の入場だそうである。
年間で180万人の計画を立てているそうであるが、それは大幅に上回るようである。
公園を出て、一旦駅前に戻り、次は環状線を挟んだ向こう、南のゾーンである。
此処は新しいビルが次々と出来ている。
地下街も充実してきて、大きなショッピングゾーンを形成している。
かつての天王寺の面影はない。
ビル群の西の端には、大学病院とその関係施設のビルがある。
そこから地下へもぐり、綺麗に整備されている地下の商店街を見ながら駅の南側を分断する阿倍野筋へ出る。
道路の真ん中はチンチン電車の停留所になっている。
その向こうが、あべのハルカスの近鉄ゾーンである。
近くで見ると「高いなあ」と思うだけで、その高さの実感はない。
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南へ行って見よう。
この辺りが、昔懐かしい阿倍野の歓楽街である。
路地を入ると色んな店があった。
全国初の「ノーパン喫茶、SCD」があったのもこの辺りである。
おでんと全国の銘酒が飲める「HMK」と云う店もあって、何度かお邪魔した。
場所も何も記憶の外になっているので、見つけられない。
諦めて、駅に戻ったのである。
天王寺の名物は何か?
駅構内売店を見て回った。
大阪駅や新大阪で手に入るものばかりである。
そこに、珍しいものを発見した。
和歌山白浜温泉名物の「柚子もなか」である。
2cm×5cmの薄い小さい最中であるが、柚子味がして美味い。
早速、購入して天王寺界隈のミニ旅を終了した。