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 久しぶりに東京ラーメンを食べてみようと中央線に乗って荻窪駅まで出かけ下車した。
荻窪はかつて仕事で出かけたことがあったが、かなり前なので過去の記憶とは全く合致しない大都会になっていた。
 兎にも角にもラーメンである。
駅の東の方に民家風のラーメン屋が幾つかあったような記憶がある。
しかし今はビルばかり、そんな店は見つからない。
 駅近の路地をあっちこちとうろうろした。
諦めかけて、振り出しに戻ろうとした時、大通りに面して「HK屋」というラーメン屋を発見した。
古い記憶では、かなりの老舗である。
5、6人の行列も出来ている。
並んで待つことにした。
 入店が近づくと店員さんがメニューを渡してくれる。
迷わず基本の「中華そば」を注文する。
値段は世間相場より少し高め。
ちょっとの間があってカウンターに案内されたが、そこはコーナーで狭い。
順番なので、仕方がない。
90度横の先客がつけ麺を食べているので、こちらにはみ出していて、目の前に皿がある。
食べ終わった後で、こっちのラーメンが出てきて欲しい、と思いながら待った。
 カウンターの中の調理場は整然としていて機能的である。
挨拶も気持ちが良い。

隣の客が食べ終わって退席した。
そこに我がラーメンが出てきた。
絶妙のタイミングである。
これで良しである。

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 さあ、待望のラーメンである。
スープは見るからに醤油メインの濃い色である。
麺は縮れ麺、熟成だったら嫌だなァと思ったが、食べてみるとそうではなかった。
トッピングはチャーシュー1枚、メンマ少々、薄切りの白葱、それに三角海苔である。
この三角海苔は創業以来の特徴なのだそうである。
 ラーメンは全体に脂ぎってる風は無く、アッサリと頂けそうである。
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 さあ頂いてみよう。
スープを口に持っていくと魚介の香りがする。
煮干か魚粉を使っているのであろう。
 麺はスープが滲み込むか滲みこまないかの境目の感じである。
このような状態の麺は好きである。
 メンマも堅くなく柔らかくなく、そして自分を主張せずで好ましい。
チャーシューは少し柔らかめであり、食べ易い。
総合して、魚介出汁に醤油を加えた旨みあるラーメンであった。
辛くもなく、美味しく頂いたのであった。
 荻窪には昭和の初めごろからラーメン屋が出来ていたが、本格的になったのは戦後である。
何処の街でもそうであるが、闇市ができ数軒のラーメン屋が並んだと云われる。
その後青梅街道が整備され、これらの店はその沿線に店を出して、ラーメン街を築いた。
 荻窪を中心とする中央線沿線には、昭和の初期の頃から文人・文化人が多く住むようになり、文人達の行きつけの飲食店がたびたび随筆に書かれていたりして知られるようになった。
 ラーメン店にも文人のファンが多く、今回訪問した「HK屋」は映画監督の山本嘉次郎のグルメ本で紹介されたり、伊丹十三監督の映画「タンポポ」のモデルになったりで、良く知られることとなった。

そして荻窪ラーメンが全国的に知られるようになったのは、やはりバブル期の全国的なラーメンブームであろう。
テレビや雑誌等のメディアを通じて、ご当地ラーメンが紹介された。
荻窪ラーメンも度々紹介され、全国レベルになったのである。
当時は東京ラーメン=荻窪ラーメンと云われるような勢いであった。

 荻窪ラーメンの味は、元々蕎麦屋からの転業が多かったため、魚介系の和風出汁に濃口醤油を合わせる店が多いと云われる。
しかし、客は多様化している。
現在では、豚骨出汁を合わせるのもあり、中華系を合わせるのもありで、いろんな味があると云われている。
 また近年東京では、つけ麺を出す店が多くなっているが、池袋の「TS軒」の創業者のYG氏もここ荻窪の店で働いていて、独立してオリジナルの「もりそば」を開発したと云われている。
荻窪の味が継承されていると思うが、どうであろうか?
 ラーメンに理屈は要らない。
久しぶりに荻窪ラーメンを頂いて、醤油ラーメンの美味さを堪能したのであった。