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 金沢は北陸一の観光都市、かつては加賀藩百万石の城下町、兼六園や金沢城、近江町市場に美術館・博物館、観光資源にはこと欠かない街である。
今までに何度か訪問しているが、行くたびに新しい建物や街路が整備されているような印象がある。
 裕福なのであろう。
 金沢城跡と兼六園を中心に街が整備されているので、道路は直線的でなく、方向感覚が変になりそうであるが、街のあちこちに地図看板が立てられていて、迷うことは少ない。
それに循環バスも走っていて、観光も効率よくできる。
 少し時間があったので、今までに見ていないところに行こうと、徳川将軍家から輿入れした秀忠・お江の娘、珠姫の菩提寺、夫で第三代藩主の利常公が建立した天徳院を訪問してみた。
 本堂内には、珠姫の生涯を演じるカラクリ人形の舞台が演出されているが、上演時間が合わず、人形だけを見せてもらった。
 その他に本堂内に、幼いころに嫁いだ珠姫の遺品も展示されており、徳川家と前田両家の強い繋がりが慮れた次第であった。
 天徳院の隣に如来寺と云う寺があった。
第五代藩主綱紀公建立の前田家菩提寺である。
 第四代藩主光高公の夫人で、あの水戸黄門の姉・清泰院の位牌所として建てられたものだそうである。
やはり梅鉢紋と葵の御紋が並べられている。
 またこの寺には、改修の折に取り換えられた参道の敷石を利用して、近郊の方々が彫った個性豊かな石仏が900体近くある。
所狭しと並べられていたのも見応えがあった。
 観光はこれ位にして、さて目的の名物である。
僅かの残り時間で、金沢駅の土産物街での探索を開始した。

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さすが菓子処と云われる金沢、綺麗な美味しそうな菓子が一杯ある。

 今回は店員さんに聞くリレー探索で、3点を選定することにした。
スタートは予め調べておいた加賀藩伝統の菓子である。
「長生殿」という。
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 森八屋の売店に行った。
早速買い求めて、その店の店員さんに聞いた。
「金沢で2番目の菓子は何なの?」
「それは、『きんつば』じゃないですか?」
「どこで売ってるの?」
「あそこ専門店がありますよ…」
「有難う・・」
 そんな会話をして、次のきんつば中田屋へ行った。
試食があったので味わってみた。
小豆粒を甘く味付けして、そのままの形で固めたような餡で、とても美味しかった。
 早速買い求めて、また聞いた。
「これ以外に有名な菓子は何かな?」
「『あんころ』なんかは有名ですけどね…」
「どこにある?」
「土産物街を出て、その前のコンビニにあります」
「ありがとう・・」
 早速、前のコンビニに行ってみた。
入口にあんころの専用販売棚があった。
竹の皮に包まれている。
迷わず1つお買い上げ…。
圓八あんころ餅と書いてあった。
 これで3点揃った。買い物ゲーム終了である。
後は、由来を調べて見る。
 まず「長生殿」…。
長方形の名札のような砂糖菓子である。
砂糖には四国の和三盆を使っていると云う。
 江戸初期、徳川開幕に尽力した後水尾天皇がこの菓子に胡麻が振りかけられているのを見て、
「田の面に落つる雁のやう」
 と言われたとか…。
落雁の命名の発祥であるとされている。
 後に前田藩三代藩主、利常公が加賀藩の菓子とするにあたり、当時酒屋であった森下屋八左衛門(森八)に製造を命じたと云う。
そして芸術家大名、小堀遠州が「長生殿」と名付け、今日に至っている。
400年近くの歴史を持つ日本三大銘菓の随一と云われているそうである。
 ちなみに日本三大銘菓のあと2つは、菓子処松江の「山川」、新潟の「越乃雪」と云われている。
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 「長生殿」を味わってみると、京都あたりの干菓子に比べて少し甘い感じがしたが、これが金沢の味と思えば、渋みのお茶やブラックコーヒーにはよく合うと思った次第である。
 次に「きんつば」。
これは昭和1ケタ創業のお菓子である。
大納言小豆の形を崩さずに炊き上げられた粒餡は見事なものである。
この製法が守られ、加賀のきんつばとして現在に至っている。
 最後に「あんころ餅」。
これも創業は古い。
元文三年(1737)に村山家の当主が一念発起。京の鞍馬山に籠ったそうである。
残された一家が困り果てていると、ある真夜中、僧の格好をした夫が妻の枕元に立ち、
「我は鞍馬の天狗に付いて修行している。そこでお前に教えることがある。これこれこれの製法で餅をあんこで包み食べた者は息災延命、商う者は商売繁盛となろう」
と告げて姿を消したと云う。
これがあんころ餅の起源とされており、250年以上の歴史がある。
 味わってみたが、やはり少し甘めであるが、美味しかった。
昼に食べたうどんも出汁は少し甘めであった。
 金沢の味は甘めである。
やはり裕福な国は、砂糖もふんだんに使えたのであろうと思った次第である。

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