竹上電機東京支店営業課、9月も半ばとなり、上期末に向けての営業会議を来週半ばに控えている。
今までのところ実績は良くない。
このままでは、上期は計画未達になる恐れも出てきている。

しかし、苦しい時の○○頼み・・。
それぞれの営業課員は、お願い先を思い浮かべながら、月末に向かっての計画を立てているところであった。

今日は金曜日である。
定例となっている週末飲み会の日である。
定時前、若手の遠藤社員から鈴木課長に、
「今日は行くんですか?」
と問いかけがあった。

「もちろんだ…。行けるものは先に行っておいてくれ。すぐに追っかけるからな…。他の者にも言っておいてくれよな…」
「はいはい支店長、わかりました…。お早めに…。お待ち申し上げておりま~す」

実は課長はこの後、支店長にに呼ばれているのであった。
何のことかははっきりしないが、おぼろげながら推察は付く。
仕事の話でこのような時間には呼ばれないことは分かっている。
少し話をして、それから例の居酒屋へ行く予定でいた。

少し遅れて、課長も到着した。
「すまん、すまん…。部長に呼ばれていてな…。ゴルフのお誘いだった。ゴルフ好きの得意先の山田建設のコンペが来週あるんだが、支店長が急に行けなくなったので代わりに行ってくれ、という話だった。そういわれれば仕方がないからな」

課長は少し遅くなったので、恐縮状態であるが、皆は気にしていない。
「さあ、課長、改めて乾杯の音頭を…」
「そうだな…。じゃあ、カンパ~ィ…」
「乾杯~ィ」「かんぱ~ぃ」
いつものように賑やかな様子で始まったのであった。

「ラグビーワールドカップってのがあるなぁ。東京オリンピックの前の年2019年には日本開催が決まっているそうだ。今朝のニュースで、あの震災で3年半経った記念日だけど、なかなか復興が進まないという話の中で、釜石がその開催地に立候補したと云う話をしていた」
「ほうゥ、そうですか。いい話ですね」

「復興には市民が一致団結して盛り上がることが肝心との考えでね」
「いいですね…。是非釜石でワールドカップをね、してほしいなぁ。なんたって釜石は社会人の新日鉄釜石が何回かの連続優勝したラグビーの聖地ですからね」

「しかしね、他の所も立候補してる。設備を比べたら釜石は一番下だろうね」
「それは今のことでしょう? 市民の盛り上がりがあれば、どこと比べても良くなってくると思いますけど…」
「そうあって欲しいね。それで選ばれたら最高なんだけどね…」
「期待しときま~す」

「釜石と云えば、震災直後、釜石の中学生たちの勇敢な行動のこと、課長に以前話して貰いましたね。未だに印象深く残っています」
「そうだな、あの話ね。思い出すなぁ…。思い出しながらもう一度レクチャーするか…」
「課長、是非お願いします」

「あれは、あの地震と津波の中で素晴らしことがあったという話だったな。釜石の何地区だったか忘れたが、その中学では防災教育を10数年も続けていたそうだ」
「そうでしたね。避難三原則とか云うやつでしょう?」
「そうだ、その3つの原則、覚えているかい?」
「確か、想定を信じるな、最善を尽くせ、率先垂範をしろ、こんなんじゃなかったですか?」

「さすが、横田主任だね。肝心なところは覚えているなぁ。その通り。かつての三陸沖の地震津波を教訓に、10数年前から万が一の場合を想定しての避難大事の教育をして来ていたんだな。

想定を信じるなとは、自然のことはこうだと決めつけるなと云うこと。
最善を尽くせは、更に安全と思う所へ逃げろ。
率先垂範は真っ先に駆けろ、そしたら皆付いてくる。
こんなことだった」

そして鈴木課長は話し始めた。
「だいたいの話はこうだ。
海岸から1kmの小学校では、地震直後に校舎の3階に児童達全員が避難したんだ。
津波の浸水想定区域外としていたので、いつもここへ逃げろと決められていたからだ。

しかし児童が3階に集まり始めたころ、隣の中学校では、生徒達は校庭に駆け出していたと云うことだ。
これを見て児童たちは、分からんけど、いつもしている中学校との合同訓練を思い出して、お兄ちゃん達と一緒に動こうと校庭に駆け出したと云うことだ。

生徒や児童約600人は、500メートル後方の高台のグループホームまで駆けて避難したんだ。
避難した直後、裏山が崩れたのを見て、ここも危ないと思い、更に500メートル先の高台の介護福祉施設を目指したというんだ。
その直後、やはりグループホームは津波にのまれたと云うんだ。
正に、間一髪であったんだ。

やっとの思いで介護福祉施設に辿りついたが、そこでも海から聞こえて来る津波の轟音に恐怖を感じ、更に高台へ向けて駆けたんだ。
しかし津波は2っ目の避難先の介護福祉施設の約100メートル手前で止まった。
避難開始から10分足らずの出来事だったそうだ。

もちろん中学生たちは小学生の児童を囲みながら、手を引いて逃げたという。
そして道々、周りの市民にも『逃げろ』と叫びながら走ったんだ。
それを見て聞いて、町の人も山を目指して走ったんだ。

その中学生の動きで、この地区は大人も子供も全員助かったんだ。

一気に喋ったから、のどが渇いたなあ。
ビールあるかな」
「どうぞどうぞ、お注ぎしましょう」

「この町ではなぁ…、どこでもそうだが、昼間は男手は働きに出てるし、高校生たちは町の外の学校へ行っているんだ。
だから、中学生たちは、何かあれば君たちがリーダーとなれ、そしてもちろん避難三原則も教育されていたんだ。
その教育が生きた結果となったんだ。

どの町もこうなら、津波の人命被害はもっともっと少なかったんじゃないのかな?
と、思われてならないんだがね…。

日ごろの訓練と、いざと云う時の勇気に感激した話だ。

わが社でも、時々防災訓練をするだろう?
どこの会社でもやるんだが、どれだけ真剣にそして大声出してやってるかが大事なんだ。
それがいざと云う時には必ず役に立つ。
それが教訓だな」

課長が話してる間に、一人一人と仕事を終えた課員が集まって来ていた。
「喋ったからスッとした。さあ、呑むぞ! 皆、揃ったな! 乾杯だ!」

その後も賑やかに酒と、とりとめのない話が続いていくのであった。