竹上電機東京支店営業課、このところの日本海側や内陸部の豪雪で、その方面の営業はままならず、その地域の売り上げもかなりの低下を来している状況である。
その分の穴埋めはしないと、決算は閉まらない。

当然のことながら、雪の降らない地域での営業を強化しようと、全員、東京を始め主要都市の営業に貼りついていた。
急に何とかなるものではないが、この機会に広く手を打っておいて、年度末にはその効果期待、と云う算段であった。

そんなわけで各地に散らばっていた営業課全員、この週末の定時前に久しぶりに全員集合となったのである。
集合して要領よく状況報告をし合い、それで今日は解散・退社となった。

あとはお決まりの居酒屋へ…である。

「皆、お疲れ~。慣れない土地で大変だろうが、頑張ってくれてるのは分かった。今日はその慰労会だ…。じゃあ、呑もうか…。乾杯~」
「乾杯」「乾杯」「・・・」

「課長はこの間、四国松山まで行かれたんですってね」
「そうなんだ。新幹線と特急でね…」
「雪で遅れたでしょう?」
「遅れたってなもんじゃないよ。岡山までで、1時間近く遅れたんだ。その後の接続もガタガタ…。結局、昼までに営業所に入る積りが、3時になってしまったんだ」

「そりゃ大変でしたね。いつも思うんですが東海道新幹線、関ヶ原に雪が降ったと云っては、遅れますね。これ何時まで繰り返すんでしょうか? 雪深い上越新幹線や東北新幹線は雪が降っても大丈夫なのにね」
「ちょっとの雪でも10分位の遅れはしょっちゅうですね」

「世界最高の新幹線が聞いてあきれますね。何とかできる筈だのに…。しないんでしょうか? 何のための時刻表かと、いつも思います」

こういう話になれば待ってましたとばかりに、横田主任の登場となる。
「東海道新幹線ですね。関ヶ原に雪が降ると徐行運転しますね。これで10分位遅れますね。そして、名古屋や米原・彦根付近まで雪になると、一時間程度の遅れになりますね。なぜそうなるか? 簡単に説明させて下さい。

最初に言っておきますが、新幹線は雪くらいは跳ね飛ばして走る力はあるんです。強力なモーターですからね…。だから、建設当初は雪対策は必要ないと思われていたんです。実際、雪を跳ね飛ばしながら走っていたんです。
この跳ね飛ばした雪が車両の底に付着して、それが悪さをすることが問題になったんです。

車両の底にある機器の間に大きな雪の塊が付いて、それが東の名古屋や西の彦根辺りまで来ると、気温が上がるため、塊が落下して線路の砂利を跳ね飛ばして、人家や建造物や車両自身に被害を与えたんです。

これを何とかしないといけないんですが、その方法はご存じのように、関ヶ原では車両下部にスプリンクラーで水をまき、付着しにくくする。徐行運転して雪が付着しにくくする。まだ他にもありますが、この2つを行っています。これで、10分程度の遅れで済むと云うことです。

しかし、名古屋や彦根にまで雪が降った時は、スプリンクラーはありません。徐行運転しても、雪の塊は付着します。そうなったら、雪落としをするんです。名古屋駅や新大阪駅で、人力で落とします。これで、一時間近くの遅れとなります」

「何が起こってるかは分かったが、なぜそんなことになってるんだ?」

「それはこうです。新幹線は元々雪の中を走ると云うことは想定外だったんです。元々は関ヶ原を通る計画ではなく、国道一号線に沿って、三重県内四日市や亀山を通して、滋賀県南部に出る計画だったんです。その方が短いですし、雪にも安心です」

「じゃあ、何で米原を通したんだ?」
「そこなんです。岐阜羽島駅に銅像が立っていますよね。あの政治家のごり押しなんです。故郷、岐阜に通すとだけではなく、駅まで作ったんです。大野伴睦(ばんぼく)という人です」

「いろいろ利権が絡むからな…。それが新幹線遅れの元凶か?」
「そうとも言えます。大野派の人たちは、岐阜県民が新幹線熱望のあまり建設妨害をしたので、その仲裁に入っただけだ、と言っていますがね…。ちなみに名神高速も関ヶ原です。これも同じです」

「どっちにしても、関ヶ原(中仙道)を通さなきゃ雪害はなかったんだ。じゃあ、上越や東北はどうなんだ?」

「東海道を教訓にして、車両下部に覆いを設けたり、線路は砂利じゃなくコンクリートだけにしたり、新潟県内では温水スプリンクラ―を装備したりして、問題なくはなっているんですけど…」

「何か歯切れが悪いな?」
「問題はコストです。かなりのものだったそうです。それが当時の国鉄解体の要因になったとも云われています」
「じゃあ、東海道新幹線をそのように改善するのは、無理だな? 莫大な費用が掛る…。利用者が我慢すれば、いいということか?2時間以内の遅れならば、払い戻しはないし…。相変わらずの殿様商売だな…。電力会社といい、JRといい、親方日の丸、いい加減だな…。
しかし、我々ビジネスマンにとっては大打撃だ…。営業機会損失で、訴えることもできそうだな…」

「まあまあ課長、そういきり立たずに…。糠に釘みたいなもんですから、彼らはこたえませんよ…」
「まあそうだな。国民より自社優先だからな」
「そんなもの相手にしてると、日が暮れます。我々は明日の活力が大事です。とにかく呑み直しと行きましょう…」