大沢太郎は国会議員である。
それも政権党のであったが、主流派のやり方が気に入らず、一線を画していたところ、多額の金銭疑惑が持ち上がり、裁判になった。
その裁判、特捜がありもしない証拠をデッチ上げたとの判断が決め手になり、無罪となった。
それを機に大沢は政権与党を離脱した。
そして、多くの離党者とともに新党を結成した。

党派は違うが、太郎と云う大物が別にいる。
大沢は通称、「小太郎」と呼ばれている。

小太郎は起訴されてから、何をするにも自粛の日々ではあったが、もう全て上手く行ったので、今日ぐらいは少しはいいだろうということで、気の置けない自派幹部と都内某所の「楽々庵」で、祝杯をあげていたのであった。

久しぶりに口にするアルコールであった。
飲み過ぎてもいないのに、足元フラフラしながらトイレに立ったのであろう。
トイレで思い切りひっくり返り、気を失ってしまった。

小太郎のトイレからの帰りがあまりに遅いので、秘書の岩永が見に行ったが、そこにはいなかった。

「どこへ行ったのだろう? 何も言われてないしな…」
と秘書や関係者が店の中を探したが、見つからなかった。
「店を出てどこかへ、行ったのかな? きっとそうだろう? 深く詮索しないほうが良いかもね」
と思い、幹部連中には、
「先生は帰られました」
とだけ言って、会合はお開きとしたのであった。

このような料亭に来る人たちは、店には表の入口に加えて、裏や横に
抜け口があることは良く知っている。

「大沢先生もそれを使ったんだな…。マスコミも表で待っていて、煩いしなァ…」
と、誰も疑ってはいなかった。

いったい大沢はどうなったのであろうか?

小太郎が目覚めたのは、林の中であった。
「どこだろう? いやに静かだなァ・・。」
辺りを見回しても、木が生い茂っているだけである。
気の所為か、遠くで人の話し声がする。

「どこだろう…? 分からんなァ…」
じっとしててもしようがないので、歩いて見ることにした。

「声の方に行ってみよう…」
小太郎は歩き始めたのであった。

歩くといっても道があるわけではなかった。
藪漕ぎである。ブッシュをかき分けながら進んだ。
山はそんなに高くなかったようである。
程なく、下の河原まで出た。
顔や手には、多少の擦り傷ができていたが、かまっていられない。

河原の両側で祭りか何かの催しがあるのだろうか?
白や赤の幟が木立の間に見える。
こちら側の岸の集まりの方が近い。
少し小高い丘で林になっている。 そこに行ってみよう…。
小太郎は人のいる場所までやって来たのであった。

「X△※○X▲※○・・・か?」
何かわけの分からない言葉と槍に行く手を遮られたのであった。
雑兵のなりをしている。
サマになっている。

「怪しいものではない。道に迷ったようで、ここ来てしまった。どこぞのお祭りかな?」
「どこから来たんじゃ? 南蛮渡来の着物なんか着おって…。ここから先は、通すわけにはいかんな…」

また、槍の穂先が狙ってくる。
「少し位は、いいではないですか? 入れてくれないかな?他に行くあてもないのでね…」
「そういうわけにはいかん、がな…。しばし待たれよ…」

待つこと数分、祭りの集団の中から、立派な若武者衣装が出て来た。
「そちは、どこの誰であるか? またもや、あの方からの伝令であるか? 先程も来てな…。馬上から、偉そうに言われた。偉そうにしていたのでな、追い返してやったわ…。今度は徒歩で来たか? なら、話は聞いてやる。申せ!」
「そんなややこしい者ではない。道に迷っただけで…。こここはどこなんだろうか?あなた方は、何をしているのかな?いや、申し遅れて済まない…。名前は大沢と云いう。民政党の国会議員をしているが…。貴方様はどなたかな?」

「何、ミンセイ塔?、コッ海?聞いたこともないな…。どこぞの海賊の流れか? 訳のわからんことを言う奴じゃ。
モノドモ、こいつをひっ捕らえておけ!!殿には、儂が言うておくわ。変な奴が紛れ込んだとな…」
と若武者は、林の中に消えていった。

小太郎は林の中にある神社の祠の裏に連れて行かれた。
「ここで暫く静かにしてるがよかろう…。そのうち、吟味されるでのう…」

雑兵に連れて来られ、そこに座らされた。
「喉が渇いているんだがナ…。水など恵んでくれないかなァ?」
「持って来てやるから、しばし待て…」

小太郎は残っている監視兵らしきに聞いてみた。
「祭りではないのか? だったら何をしているんかナ? ここは一体、何処なんかナァ?」
「……」
答えはない。
罪人が何を言うのか? というそぶりで、冷たく無視された。

もう一人が水と少しの食べ物を持って、戻って来た。
「食するが良かろう…」
と云われても、後ろ手に縛られているので手が出せない。
「縄を解いてくれないかァ…」
「そりゃそうだ…」

縄が解かれた。
小太郎は飯の塊をほうばりながら水を飲んだ。
国会審議が長引いた時に出される夜中のおにぎり弁当のように美味かった。

暫くして、先程の若武者が来た。
「どこの国から来た? 誰の手のものじゃ? 徳川か?」
「何を言っているのかわかりませんなァ…。そろろろホントのことを教えて頂きたいもんですなァ…。ここは何処ですかな? 貴方様はどなたですかな?」

「場所も分からんのか? じゃあ、言ってやろう…。ここはな、美濃の国、関ヶ原じゃよ…。儂はな又七郎と呼ばれておる」

「何? 関ヶ原? 又七郎殿? 祭りか?」
まだ祭りにこだわっている。

「祭りではない…。 いくさじゃ…」
「いくさ? いくさ祭りなのか?」

「何を寝ぼけたことを何時までも言っておる。秀吉がおととし亡くなったのは知っておろう? 爾来、豊臣家を無視して勝手に振る舞う家康を退治に来たのよ…。今は様子見中じゃが、そのうち戦が始まろうて…」

「本気か? 本当だとすると、あの天下分け目の関ヶ原か? エライ所に来てしまったのか? タイムスリップって本当にあるのか?」
「何をブツブツ言っておる。貴様は何者じゃ? 時と場合によっては、一刀両断じゃ!」
「私はな、大沢太郎という国会議員じゃ…。民政党のな。怪しいものではない。何時もな、日の本の国をば良くするために、働いている者じゃ…。分かり易く言うと、豊臣五大老のようなものだと言える。訳があって未来からやってきたようじゃ」

小太郎は大体の事情を理解したようである。
タイムスリップして、こともあろうにいくさの渦中に来てしまっていた。
それも関ヶ原へである。
これらのことを確信するに至ったのであった。

「何? 五大老? 未来からやって来た? なんじゃそれは? 儂には寝言としか聞こえんわな…。ちょっと待て…」

暫くして、軍師と称する僧侶風体の者を連れて戻って来た。
「又七郎が言うには、未来からやって来たそうじゃな…。天上世界から降りて来たとも聞いた。そういうことがあるとは、聞いてはおるがの…。それでどうしたいんじゃ?」
「いや、迷い込んだだけであるからなァ…。早く元に戻りたいだけだが…」
「戻りたいのか?じゃあな、戻ったら良かろう?」
「どうしたら戻れるのかわからんでねェ…。教えて下さらんか?」
「殿なら分かるかも知れん。殿のところに連れて行ってやるヮ…」

殿と云われる人物と対面することになった。
連れて行かれた。一段と煌びやかな甲冑を纏っている。

「兵庫頭又四郎である。大沢とやら、未来から来たそうじゃな…。天上世界に住まいすると聞いたが?」
「大沢太郎という国会議員であります。迷い込んでしまったようです。聞くところによると、これからいくさとか? どのようないくさをなさるお積りか?」

「迷っておるところじゃ…。この、又七郎はすぐにでも攻めて行きたいようじゃが…。儂はな、治部のやり方が好かんのでな、決めかねておる。」
「何? 治部? ははあ~ん。分かったぞ…」
「何が分かったのか?」
「はっきり申し上げよう。敵を間違えると、最悪事態にもなりかねんだろう。ここは動かないのが得策では無いかと…。どちらが勝つか、見極めた上が動かれるのが良かろうと…」

「何か知っているのか?」
「何も知らないが、いくさには裏切り者がでるのは常識だと思うが…。治部は人気がないだろう? 裏切りが出るのは必至と思われるが…」
「そうよの…。儂のところにも、誘いの文が来ておるわ…。どうしたもんかとのう」

「漁夫の利と云うのか…。血気盛んな者に争いをさせておいて、勝負付きそうなところで入るのよ…。成果だけをかすめ取ること。そうあるのが美しいのではないかなァ…。そしたら人も殺さずに済む。いくさには金を使わず、人も殺さず…。その金はな、領国に持って帰って使うのが良かろうと…」
「なるほどな…。そうでござるな」
「しかし兵庫殿、退路確保は重要でござるよ…。日和見はいいが、敵に囲まれてしまっては、何ともならないからね…。抜かりなく」
「アイ分かった、分かった。大沢殿の言う通りである。そのようにしておこう…」
側近を直ちに呼んで、指示したのであった。

 

翌朝、午前7時、
兵庫頭を統領とするこの隊を無視して、近くを通り抜けて行く一団があった。
赤備えの一団である。葵の旗も見える。

それを急ぎ追っかけるように、別の集団も過ぎて行った。

暫くして、鉄砲の撃ち合う音が聞こえた。
そして、物見の報告があった。
「小西の軍と、井伊、松平それに福島の軍が戦いを開始したでゴワス」

それを聞いた兵庫頭、自陣の物見の台に登って、様子を眺めた。
確かに、戦闘は行われている。
小西軍は、防戦一方で、自陣を守っているだけであった。

「殿!! 今こそ敵の背後をつく時でゴワス! 下知を願い奉る!!」
という、声があった。
しかし、ここは静観と決めた以上、戦をするつもりはない。
「待て、待て…。 まだ早すぎるワ…」

小西軍は打って出た。しかし鉄砲の数が違う。
またたく間に撃ち取られ、裏山向けて壊走したのであった。

勝利を収めた赤備え軍ら、今度は小西の陣の左手の天満宮に向かった。
天満宮には、大物が布陣している。
2回3回と押し合いをした。しかし大物は強い。
攻めて行った赤備え軍ら、歯が立たない。
一旦それぞれの陣に引き上げることになった。

今度は、右手の北の山でも戦闘が始まった。
西軍の本陣である。
ここには三成や左近そして氏郷らが居るはずである。

ここも押したり引いたりで、華麗な戦いが繰り広げられている。

「大沢殿…、どちらが勝つだろうか?」
兵庫頭が問いかけた。
「まだ、分かりませぬな…。どちらがどうなのか、はっきりとは申し上げられませんな。どちらかと云えば、西に少し部があるように思うが…」
「そうか…。じゃあ、西で行くか? 敵の本陣を突くぞ! 用意せい…!」

出陣の合図を出そうとしたその瞬間、大軍が南の山から降りて来た。
そしてこともあろうに、味方の刑部軍に向かって行く。

「やはりな…。やっぱりそうだったか?」
それに合わせるように、麓にいた四軍をも吸収して、刑部隊に襲いかかったのであった。
刑部隊は強い。何度も押し返したが、しかし多勢に無勢。最後は健闘むなしく敗れ去ってしまったのであった。

「こうなったら東か?」
「そうだな…。東でござるな…」
小太郎も又四郎も、スポーツ中継の解説者よろしく、物見台から眺めていた。

またたく間に北方の山、敵本陣でも戦闘が始まった。
攻める東軍は、本体を山から引きずり出そうと、あの手この手の誘いをしている。
その本陣を横から攻めた東軍隊があった。

旗印から攻めるのは黒田隊、守るのは島隊のようである。
横から攻められては堪らない。
島隊は大将が撃ち取られたのか、たちまち崩れた。

それにつられ本隊も次第に山を降り始めた。

平野部での白兵戦となった。
そうなれば東軍の思う壺である。
徹底的に攻めたのであった。

この時、又四郎軍は西軍攻めに加わるという手もあったが、
「弱小隊の尻にくっついて、今更、のこのこ出て行くのは武家の名折れであろう…」
と、小太郎が諌めたのであった。

勝負はついた。
西軍は完膚なきまでに叩きのめされ、壊走を始めた。
西の山間の北国街道に向いて、てんでバラバラに逃げた。

「やはりな…。東軍が勝ったな…。」
「そうでござるな…。我らの出る幕は無かった…。」

「家康のところへ戦勝祝いにでも行くか?」
「そうでござるな。我らが西軍から寝返ったお陰であろう、と吹聴しにな…」

領主又四郎と小太郎と供の者数名で行けば良かったのだが、武器帯同で軍の構えで、ドカドカと向かったものだから堪らない。
家康本陣の周りを固める井伊隊・松平隊に遮られることになった。

「三成の残党が来たゾ…。最後の戦いだ…。行くゾ…。皆殺しだ…」
と下知と共に、鉄砲の雨を見舞った。
「待て…!!! 戦をしに来たのではないぞ! 撃つな!!! 見方でござるよ!! 家康本陣への案内を仕りとうござる!」
先頭を行く又七郎は叫んだが、鉄砲の音に消されて届かない。
更に鉄砲玉が飛んでくる。
どうしようもない…。

又七郎は撃たれ、もんどりうって落馬した。
島津豊久の不本意な最期となった。

「こりゃ無理だ…。ここで徳川の奴らと戦うのは無駄だ…。一旦下がろう。」
「それしかないな…。 モノドモ!! 引くぞ!!」

来た道を戻り始めた。
徳川軍はしつこく追って来る。
悪いことに、来た道にも兵はいる。
進めない。
囲まれているようだ。

「仕方ないな。南へ下がれ!!」
と南の藤古川のところまで下がって、今度は川沿いに東南へ駆けたのであった。

東軍はしつこい。
もう大勢は決まっているのに、それでも追ってくる。

それには理由がある。
戦いで、戦果が上がらなかった隊である。
上げないと、領地没収の裁きになりかねない。
だから、お家を駆けて必死に追いかけて来る。
哀れである。

島津軍は格好の目標物になってしまったのであった。

殿(しんがり)から一人二人と倒れて行く。
もう逃げるしかない。
藤古川の川中や河原を駆けにかけたのであった。

小太郎も又四郎にくっ付いて逃げた。
なぜ逃げるのか理解せずまま、逃げに逃げていた。

小太郎の馬は足を取られた。
小太郎はもんどりうって、川面に打ちつけられた。

気を失ったようである。

小太郎は気がついた…。
「どこだろう・・?」
その時
「先生、先生・・。」
と、声が聞こえた。

「う~ん、う~ん」
小太郎はどうも飲み過ぎたようだった。

トイレを出て、通路にあるスタッフルーム入口の暖簾に寄りかかった
までは覚えているが、その中へ倒れ込んだらしい。

今までの疲れと今日の心地よさがそうさせたようだ。

「先生…。こんなとこでお休みになられたら、お風邪を召されますよ…。さあ、皆さまのところへご案内しましょう…」
着物の仲居さんに案内されて、もとの席に戻った。

「先生…。どうなされたんですか…? いなくなられてから、かれこれ30分位になります」

「どうも、横の部屋で寝てたみたいだ…。ちょっと、呑み過ぎだな…。さあ、お開きとするか?」
「まあ今日は、中祝いと云うことで…。お疲れさまでした…」
それぞれ、帰り支度を始めたのでああった。

「それにしても何だったんだろうか? 逃げたな…。あいつ無事だったんだろうか…? 島津義弘という薩摩の殿さんだったんだな…」

島津軍は藤古川にそって逃げに逃げていた。
後ろを振り返る余裕も、誰がいなくなったかも、何も余裕が無かった。
川が、道がやっと開けて来たのであった。
海も遠くに見えて来た。

もう追っ手は来ていない。
広場で足を止めて、義弘は後ろを振り返った。

皆も、義弘を取り囲むように寄ってきて、腰を下ろしたのであった。
数えて見ると、30人ばかりいた。
島津義弘の関ヶ原は終わったのであった。

「さあ、国へ帰るぞ!!」
「オー…」「オ―…」「おぅ~」

「殿、御無事で何よりでゴワシタ…。ただ…、豊久様には…」
「うん…。それと、あの御仁は、どうしたんだろうか…? 無事に逃げて遂せてくれていていれば、いいんだがナア…」
義弘には、妙に心に引っ掛かりが残ったのであった。

余談であるが、この義弘軍が退却した道筋のこと、
『薩摩カイコウズ街道』と名付けられている。

鹿児島の木「カイコウズ(海紅豆)」を植え、一連の所業を讃え偲んでいるのである。

〔完〕