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名誉冠(めいよかん)という酒銘がある。
京都伏見の酒なので、直ぐ手に入りそうであるが、中々手に入らなかった。
たまたま訪れた関東地方のスーパーの酒売り場にあったので、早速手に入れた。
しかし値段は安いので、グレードは高くないと云うよりかなり低いものと思われる。
ラベルには「名誉冠金印」とある。
原料は「米・米麹・醸造アルコール・糖類・酸味料」となっている。
但し、「国産米100%使用」という印も押されている。
アルコール分は15.0度以上16.0度未満となっている。
醸造会社は「株式会社 YM本家」である。
YM本家と云えば、「神聖」で良く知られている伏見の酒蔵である。
この酒蔵の前で大人気の居酒屋風の鳥料理店「TS」も営んでいる。
しかしながら、名誉冠の発売元であるとは知らなかった。
先ずは飲んでみる。
意外とスッキリと飲める。
味は山廃仕込みの酒を飲んでいるようで、味わいも良い。
しかし少しだけ酒とは違うような味がする。
糖類であろうか、酒とは独立した甘さである。
呑んでいるうちにそれがどうしても気になる。
日々少しずつ飲むのが正しい飲み方であろう。
醸造アルコールを混入している酒は数多い。
純米酒や純米吟醸などの純米という語が付かない酒はそうである。
しかしこの酒のように、ブレンドの原料として糖類や酸味料をラベルに書いているのは珍しい。
合成の料理酒のようである。
それが余計に気になったのかもしれない。
さて、名誉冠であるが名誉冠酒造と云う法人は現在もあるのかどうかは分からないが、今から6年前までは酒蔵であったことは間違いがない。
「名誉冠」と云う酒銘と「明けごころ」と云う酒を醸造していた。
その「明けごころ」であるが、今から16年前までは伏見の有井酒造と云う酒蔵が醸造していたが、廃業してブランドを名誉冠社に譲渡したとされている。
何やらややこしい話であるが、「酒は伏見の明けごころ」と良く宣伝していて、当時の学生のコンパなどには好まれた酒であった。
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現在はこの2つの酒銘は本家に吸収されている。
製造している量はどのくらいか分からないが、お目にかかるのが難しい酒ではある。
YM本家と云えば、創業は江戸時代の初期である。
伏見には7つの名水「七ッ井」があるが、その一つ「白菊井」の地に創業した。
現在もその井戸は鳥料理店「TS」の店の横にあり、味わうことができる。
このYM本家の当主は代々源兵衛を名乗っている。
鳥羽伏見の戦いの4年前のこと、当時は6代目当主であったが、その次男辰右衛門が分家して、後に名誉冠となる酒蔵を創業した。
しかし、鳥羽伏見の戦いでYM本家始め伏見の蔵は被害甚大、再建しつつ企業努力をしつつ今日現在に至っているのである。
名誉冠と云う酒銘は、勧業博覧会に出品した酒が好評で、「名誉に冠たり」と誉め称えられたことによるものだそうである。
昭和の50年前後には日本酒の生産量は最高量を迎えることになった。
その時に名誉冠の酒蔵は、社名を名誉冠酒造と改称した。
しかしその後は、日本酒はビール・ウイスキー、ワインなど別の酒に優位を渡すことになり、
平成期になって生産量が半分以下と落ち込んだのである。
そうなると倒産・廃業する酒蔵も多くなり、この話のように、平成7年に「明けごころ」が「名誉冠」に譲渡、そして平成17年に「名誉冠」も本家のYM本家に引き取られ、江戸初期の350年前の姿に戻ってしまったのは寂しいことである。
酒処、灘の地でも同様のことが起こっている。
しかし江戸初期から生きている企業と云うのは本当に力のある企業である。
今後もその知恵を駆使し、かつてよりも更に大きな花を咲かせようと日夜邁進しているに違いない。
「名誉冠」という酒に出会って、日本酒の栄枯盛衰を感じたのであった。
〔めノ酒 完〕