「し」の酒は純米吟醸でありながら価格がリーズナブルな酒「四万十川」である。
近所のスーパーでいつも手に入るので、この前登場の「沢の鶴」と同じくらいに愛飲している。
純米酒や純米吟醸酒の四合瓶(720ml)が3桁の価格で手に入れられるのは嬉しいことである。

「四万十川」は高知県安芸市にある「KS酒造」の醸造である。
その蔵の名前のKSは、古代からの中国の伝説に由来すると伝えられている。
「菊滋童(きくじどう)」と云う仙人は、菊の花から滴る露を飲むことで、700歳まで生きたと云われる。
その菊から滴る水「菊水」から、KSと名付けたのである。
この酒蔵の場所には「菊水の泉」という四国山脈からの伏流水があり、場所柄、四国を旅するお遍路さんにもその昔から愛飲されている。

この酒蔵KSは、江戸時代の創業である。
しかし温暖な高知であるので、酒造りの苦労は絶えない。
北の方の酒蔵の「寒造り」などと同じ様にはいかない。
昭和の初めには全国に先駆け冷凍装置による低温醸造貯蔵設備を考案した。
その装置はこの酒蔵だけでなく、その後全国各蔵に波及したと云われる。

このKS酒造は、日本酒のほかにも芋焼酎、黒糖酒、蜂蜜酒、各種リキュールなどを醸造販売する多角的経営である。
また女性だけの企画開発部門があり、女性向け商品の開発にも力を入れていると云う。

入手した「四万十川 純米吟醸」は、使用米山田錦、精米歩合60%、日本酒度+4、酸度1.5、アルコール度数14~15度 である。
早速頂いてみることにする。
スッキリ辛口の酒である。
吟醸酒の持っているフルーティーさはあまり感じられない。
それは精米歩合によるものだろうか?
純米酒は70%、この吟醸酒は60%でさほど変わらないような気がする。

この飲み易さは、恐らくは高知県の酒習慣によるものであろう。
高知では、酒の宴会文化に「箸拳(はしけん)」「可杯(べくはい)」「菊の花」などの遊びがある。
箸拳は良くご存じであろうが、可杯は自立しない猪口でその底部に穴が開いているというもの、菊の花はロシアンルーレットのようなものである。
このような遊びでは大量に酒が飲まれるので、濃厚な酒は好まれない。
このような淡麗な酒が好まれるのであろう。

実は「四万十川」と云うからには、今の今まで四万十川の辺りでこの酒は造られているものと思い、あの四万十川の清らかで雄大な流れを思っていた。
しかしラベルを良く見ると安芸市と云うことで驚いたり、ガッカリしたりしたのも事実であった。

かつて訪問したことがある四万十を思い浮かべてみたい。

四万十へは高知市、須崎市を通り近づいて行った。
高速道路が途切れるところにある道の駅で、四万十のガイダンスを受けた。
「道はこうですよ」とか「昼ごはんなら、はここですよ」とかである。

旧中村市である四万十市に入って真っ先に教えられた店に入った。
「カツオのたたき丼」が美味しいとのこと、早速頂いてみた。
やはり高知で食べるカツオは逸品である。
なぜこうも違うのかが分からないが、とにかく美味しい。
腹ごしらえをして、さあ四万十の清流を目指して出発である。

四万十川に架かっている橋は沈下橋と云う。それが観光のポイントとなっている。
下流からその沈下橋を辿ってみることにする。

中村の街中を北上すると四万十の支流の堤防に出る。
辺りは田園地帯となり、そろそろ本流に出る頃である。
案内標識に従って行くと、先ずは今成沈下橋(通称佐田沈下橋)に出る。
川も綺麗である。
橋は背が低い。水面からちょうど家の屋根ぐらいである。
橋桁は太くしっかり作られている。勿論欄干はない。
大水が出ると橋は水面下に隠れるので、流木や水の勢いで破壊されないとの構造である。

対岸との交通用に作られているが、欄干の無い橋を車で走るのは怖いものであろう。
橋の中央にはすれ違いようの少し太い部分も設けられてはいる。
橋の袂の川縁には観光船が繋留されている。
橋のない時代は、ここから対岸への渡しが出たのであろう。

更に上流へと向かう。三里の沈下橋である。
この辺りまで来ると、さすが四万十の清流の感が大きくなる。
増水時の水面の線が電柱に書かれている。
はるかに橋を見下ろす、堤防道路にあったのには驚いた。

四万十の空気と景色を満足したドライブであった。
更に上流には、多くの鯉幟が吊り橋のように両岸から渡され、春風に泳いでいるのが眩しかった。

帰途は宇和島に向かい高速道路を辿ったのであった。

〔しノ酒 完〕