「平安絵巻」とは何と優雅なネーミングであろうか。
京都の葵祭や時代祭りの行列を思わせるような酒銘である。
しかしこの酒はいわゆる清酒のジャンルではない。
合成清酒である。

合成清酒は米を用いて醸造した醸造酒ではなく、生成したアルコールにぶどう糖などの糖類、グルタミン酸、アミノ酸などの化合物、それに香料などを混ぜて、清酒に良く似た風味をもつように仕上げた酒である。

酒税が安いので販売価格も安価である。
普通の清酒の3分の2から半額程度で手に入る。
飲むのも良し、料理酒に使うのも良し、気軽に使える酒ではある。

「平安絵巻」を手に入れた。
京都伏見のT酒造の製造である。
この会社は、高級銘酒「松竹梅」、焼酎「一刻者」、缶チューハイなどもあるが、安価な焼酎やみりんなどで良く知られている大手企業である。
また石原プロとも近しい関係で、コマーシャルなどにも出たりはしている。

早速、味わって見ることにする。
匂いを嗅ぐとほとんど香りはしない。
酒の香りを付けるのは難しいのかな? と、思ったりする。

口当たりはまろやかな感じである。
吟醸酒かと思わせるほどの芳醇感が味わえる。
喉越し感はどうか?
辛口の酒のような刺激があるが、少し辛口とは違う別の刺激の感じではある。

この酒、徳利に入れて出されたとしたら、普通の清酒と思ってグイグイ飲んで仕舞いそうな飲み易さではある。

良くできている。
研究開発担当の方々の努力のたまものであろうか?
こういう飲料や食品の技術革新は凄いものがある、と感心した次第である。

合成清酒ができた背景を振り返ってみる。
1918年に起きた米騒動が直接のきっかけであると云われている。

米の高騰や将来の食糧難に備えて、ビタミンB1の発見者、あの鈴木梅太郎博士が理化学研究所にて研究に着手したのが始まりであった。
翌年には製造方法を完成し、理研式という形で特許を取得している。
そしてその後、理研酒『利久』の名前で発売されたと云う。

一時は14万キロリットルの生産量となったが、米も安定したので、その後は2万キロリットルまで減少したと云われる。

余談であるが、
理研酒『利久』は戦後、理研の合成清酒製造部門を継承した現協和発酵キリン㈱を経て、現在はアサヒビール㈱に引き継がれている。

鈴木博士の発明は、アラニンを主とするタンパク質に糖を加えて、酵母により発酵させ、それにコハク酸などを加えて味を整えると云う製法である。
後に特許を公開したために、理研酒の製法が標準的なものとなり、いくつかのメーカーで造られることになった。

またこの発明は三倍増醸清酒(さんばいぞうじょうせいしゅ)の開発に繋がり、第二次世界大戦後の米不足の際に導入された。
製造法は米や米麹の醸造酒に、醸造用のアルコールを混ぜる手法である。
現在も純米酒以外の日本酒に応用されていることは言うまでもない。
これは清酒のジャンルである。

話は戻るが、
合成清酒と云うと化学品の工場で造られる工業生産物であるので、人間味に欠けるような気がする。
そして工業用のアルコールを飲むような気がして、果たして安全であろうか? という疑問が湧いてくる。

しかし、食品であるので食品安全法でチェックはされているので問題なない。
あとは個人の好みかどうか? 酒であるので体に合うのかどうか? の問題であろうと思われる。

さて、いったい酒税には、どれくらいの違いがあるのであろうか?
清酒は1キロリットル当たり12万円であるが、合成清酒は10万円である。
2割弱の安さとなる。
それならば、販売価格への反映はそんなに大きくないはずである。

合成清酒の低価格化が実現できているのは、材料、設備、人件費などの製造コストによるものと思われる。
純米酒のように杜氏がいて手作業で造るのとは違い、ほぼ機械化が達成できているからではなかろうか? と思われる。

合成清酒って、どれくらいの出荷があるのであろうか?
平成20年の清酒の年間出荷量は65万キロリットルでずっと減少傾向であるが、合成清酒は技術革新もあって復活してきており、5万キロリットルの出荷量と安定している。
しかし、清酒の約12分の1の程度の量ではある。

また別に、ビールと発泡酒を合わせた量は4百60万キロリットル、焼酎は百万キロリットル、ウイスキーは8万キロリットルである。
その他、リキュールは大幅に伸びており、百20万キロリットルで右肩上がりである。

世の中、ビール・発泡酒、焼酎、リキュールの時代になっているが、思いのほか清酒も健闘中である。
地方の銘酒、吟醸酒など、美味しい酒への追及が重ねられているからであろう。

このように、酒は時代の流れと共に変わって行く。

世の中の動向とそれぞれの懐具合により、酒を選択するわけであるが、アレコレと試しながら、楽しみたいものである。

〔への酒 完〕