春鹿(はるしか)という酒は鹿と付くので、奈良酒を連想して当たりである。
酒蔵は奈良公園の近くであるので、春鹿の名の由来は公園の桜の下で遊ぶ鹿の様子から名付けたものかと思っていたが、それは間違いであった。

蔵元によると、春鹿の銘は春日の神々が鹿に乗って奈良の地へやってきたという伝説から、まず「春日神鹿」と名付け、その後「春鹿」と改めたと云う。

この蔵元の今西家は、代々春日大社の神官をつとめていた由緒ある家柄である。
春日大社に現存する日本最古の酒蔵「酒殿」で白酒(しろき)・黒酒(くろき)を絶えることなく醸し続けていた家柄と云われる。

それが明治時代の中ごろに神官を辞し、町中で酒造りに専念したのが春鹿の始まりであると云われている。
春鹿はそのように神にまつわる由緒多き酒である。

「は」の付く酒を探して見ると、それは沢山ある。
日本酒のシェアN0.1を誇る白鶴は良く知られているところである。

しかし、ここは春鹿と決め、春鹿ならではの超辛口を入手して飲んでみた。

刺激が少しある。
辛口であるからであろうか…?
しかし、一般の辛口と違って、喉越しはすっきり、キレが良い。
抵抗感があまりない。
さらっと飲め、直ぐに2杯目が欲しくなった。

なぜスッキリ、そしてキレが良いのであろうか…?
春鹿の仕込み水は、奈良春日山系の湧水であり、それは奈良には珍しい硬水だということである。
従って、酒質は辛口ながら味に深みがあり、その上にキレが良いと云うのがその理由である。

万人受けするかどうかはわからない確かに酒好きな人にはたまらない味わいだと思われる。
販売量を考えて、甘口の酒が多い昨今であるが、過去からの伝統を頑なに守っているのである。

正規の酒の他に、春鹿には変わった酒がある。
超辛口の隣に「はるしか ときめき」という瓶があった。
発泡性と書かれている。300mlの可愛い瓶である。

超辛口と合わせて購入、試してみた。

スパークリングワインならぬスパークリング日本酒であった。
但し、アルコール度数はビール程度のものである。
気軽に飲めるということではいいのだが、何だか物足りない。

この酒?は瓶内の二次発酵によって作っているそうである。
蔵元の説明によると、
『注ぐと淡雪色の中にきめ細かい優しい 泡のなめらかな味わいが楽しめます。
ほのかに甘くてアルコール分7%台です。
日本酒が飲めなかった方にも、ワインファンの方にもお奨めします。
冷やしてお飲みください 』
と云うことであり、日本酒とは違った客層を狙っているようである。

さて、奈良に来たからには酒の発祥のについて、思いを馳せる。

酒は古代から穀物を発酵させて、その味を楽しむ飲料であった。
日本酒の起源は、一説には京都の秦氏。
大陸からコウジカビや酒の製造技術を持ち込んでいた。

それが日本米とコウジカビの組み合わせが絶妙のものであり、長い歴史の中で、日本酒と云う世界に類を見ないものを生んだのである

一方、日本社会も天皇を中心とした政治体系が確立されるに従って、酒の需要が高まった。
それは神様に供える御神酒(おみき)の必要性である。
当時の政治は神事と深く関係しており、神との交流に酒は必要不可欠であった。

神事といっても天皇や豪族のためのもので、一般の市民は関係はなく、酒も高貴な人だけが神様からのお下がりを飲んでいたような状態であった。

平安京には、造酒司(さけのつかさ)という部局が出来、一手に酒の製造・販売をしていたと云われている。

京都の四条通りの西詰め、桂川と交差するところにある松尾大社。
「日本第一醸造之神」として、酒造家からは崇められている。

また一説には、酒の発祥は奈良…。
ここは、それこそ大和朝廷の時代から酒状のものはあったと思われる。

平安の終わりごろから戦国にかけて、武家が台頭するに従って信仰も神社から寺院に移った。
すると寺院では多くの寺領を経営することになり、そのために多くの僧兵を抱え、武装するようにもなり、独立したミニ国家のようにもなった。
そして寺院では僧坊酒と云うものが、造られるようになったのである。

奈良の奈良市と天理市との間の山あいに「正暦寺(しょうりゃくじ)」という真言宗のかつての大寺院がある。
室町時代の最盛期には86もの塔頭を抱え、大量の僧坊酒を造っていたと云う。
酒の醸造は、仕込みを三回に分けて行う「三段仕込み」や麹と掛米の両方に白米を使う「南都諸白(モロハク)」造りを考案考し、旨い酒を造っていたそうである。

この正暦寺には「日本清酒発祥之地」と云う石碑が建てられている。
この寺ではそれを記念して、毎年1月に酒母の仕込みを行っているそうである。

その酒が今日、春鹿始め奈良の酒に引き継がれていると云われる。

このようなことを考えながら、春鹿を飲んだ。

少しオーバーだが、歴史の香りがしてきた。
室町時代や戦国時代を味わっているような気になった。

〔はの酒 完〕