奈良の市街地から剣豪の里として知られる柳生に向かう柳生街道の途中に、忍辱山町という町がある。
勿論奈良市に属する町名ではあるが、街と云うよりは山間の里と云うのが似つかわしい。

この柳生街道には大きく分けて2本の道がある。
一つは古代・中世からの柳生街道、奈良公園の南を入口とする。
旧柳生街道と云われ、山焼きで有名な若草山の南を通る道である。
奈良教育大学、新薬師寺の辺りを通って行く。
現在は大部分は歩行者専用の道である。
途中には夕日観音、朝日観音など、由緒あるところが多くあり、それを訪ねるハイカーもあとを絶たない。

もう一つは新しい車道の柳生街道である。
奈良公園の北で若草山の北、コスモス寺として知られる般若寺の付近を入口とする。
この道の沿線には沢山のゴルフ場があり、ゴルフファンには欠かせない道となっていて、朝夕はゴルファーの車が多い道である。

この新旧の柳生街道が柳生に到達する手前で一旦合流し、そして分かれていく地点が今回の忍辱山町である。

かく言う筆者も忍辱山町にあるゴルフに行き、その帰りに忍辱山町を訪ねたのであるから、何をか況やである。

忍辱山町の人口は200人には満たず、住宅斡旋企業の住みやすさ評価では、5点満点で閑静さ、子育て安心度、過密性が4点以上となっている。
そんな山間の町である。

忍辱山町には何があったか?
まず筆者が行ったゴルフ場である。
NMゴルフ場と云う。
忍辱山町の半分ぐらいの町域を占めているような感じである。

あとの半分は何か?
まず住宅地、どこの集落でもあるような酒屋や日用品・食品の商店、農業機械などの販売店、工務店などの店、茶店兼食事処もある。
そして最後が忍辱山町の名前の由来となっている寺院である。

この寺、「忍辱山円成寺」と云う。
旧道と新道が交わりその間は池(国の名勝、平安時代の作庭)となっている。
その北側にこの寺、円成寺がある。
創建は天平勝宝8年と云われ、奈良時代である。
聖武・孝謙両天皇の勅願である。

そして、平安時代の末期に、京都仁和寺の寛遍と云う僧この寺で東密忍辱山流を開き、寺は興隆したと云われている。
その後の室町時代の応仁の乱にて伽藍の大半が焼失したが再建され栄えた。
しかし、明治の廃仏毀釈以降の混乱で衰えて、現在に至っている。

この円成寺には、幾つかの国宝・重要文化財がある。
明治の廃仏毀釈では破壊を免れた神社の社の対、白山堂・春日堂は国宝である。
更に、仏師運慶の初期の作と伝えられる大日如来像も国宝となっている。
その他、本堂や楼門など建造物関係は重要文化財となっている。

奈良市街地から遠く離れているため、余り観光化はされていない。
隠れた古刹・名刹と云えよう。

さて忍辱山とは何であろうか?
忍辱は仏教の用語であるが、その教えは人の生き方のあるべき姿を表していると思われるので、少し触れてみたい。

仏教には「六波羅蜜」という教えがある。
波羅蜜とは仏教の言語サンスクリット語のバーラーミターを充てたもので、彼岸に至る、即ち人間が完成するということである。

この波羅蜜には6つの道筋があってそれを六波羅蜜という。
京都の寺に、六波羅蜜寺というのがあるので、少しは馴染みがある言葉である。
「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」の6つである。

まず「布施」は、他人に何かを与えていくことである。
それはお金とは限らず、ほほえみなどでも、人を幸せに出来ると説かれている。
奉仕活動なども勿論良いとされている。
そして、見返りを求めないと云うのがこの布施である。

二番目の「持戒」は、身を慎むということである。
決まりを守って、人間らしい正しい生活をすることを説かれたのが持戒である。

三番目の「忍辱」は、今回の地名の由来であるが、忍は耐え忍ぶと云うことである。
そして忍に言偏を付けて、認と云う字にして見ると、振り掛かってきた災難は自分にやって来たものであると認めるというのが忍辱である。

四番目の「精進」は、大相撲などで力士が良く言っているので馴染みがあるが、読んで字の如く、たゆまず純粋に努力することをいう。
一時的な持戒や忍辱ではなく、一心不乱に継続して努力することこそが精進の本来の姿であると云われている。

五番目の「禅定」は、どんなことが起こっても迷ったり動揺したりせず、静かな精神を保ち続けるという状態をいう。

最後の「智慧」は、真理を見極め、真理によって判断・処理できる能力をいう。
単なる知識ではなく、真理を認識しているというかどうかと云うことが重要となる。
そしてこの智慧は、布施から禅定までの五つの項目を修行することによって完成されるものであると云われている。

云われれば、当たり前と思われる向きもあろうが、どれ一つとっても中途半端になってしまいそうなのが人間である。
時々は思い返して見たいものである。

さて、この六波羅蜜の忍辱に由来する忍辱山(にんにくせん)町、奈良市街から来てこの先、柳生に向かう途中にある。

柳生は柳生で、柳生新陰流の武道の町、また別の教えがありそうな、そのような匂いがする。

奈良市忍辱山町、奈良市柳生町、どちらも身の引き締まる思いのする里である。

〔完〕

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です