「と」の酒、高知の土佐鶴を選んだ。
理由は手に入り易かっただけである。
土佐鶴は大吟醸から清酒まで、酒コーナーには各グレードが並べられている。
今回はその中から、最も手頃な「生貯蔵酒 <角>」300mlを選んだ。

この酒は純米酒では無く、いわゆる清酒のジャンル、即ち醸造用アルコールをそれなりにブレンドしたものである。
醸造アルコールの話は複雑なので、また次回にさせていただく。

この酒は生貯蔵であるので、一般の瓶詰とは若干処理法が違うと云われる。

酒は醸造し搾った後に、火入れと云うのを行う。
それは、酒質を劣化させる酵素を破壊し、清酒を腐敗させる火落菌の繁殖防止のためだそうである。

火入れを行うと保存性が良くなり、常温でも保存が十分できるとのことである。
火入れをして保存し、出荷前の瓶詰の時にもう一度火入れをするのが標準だそうである。

生貯蔵酒と云うのは、搾り後に火入れをせずに生のまま氷点下で貯蔵し、瓶詰めのときに1回火入れをするものだそうである。
氷点下の貯蔵では、先ほどの害を及ぼす菌は繁殖しないそうである。

このように酒の熱処理はややこしいようであるが、それを上手くやってくれているから、美味い酒が飲めるのであろう。
ちなみに火入れの温度は65℃だそうである。

この土佐鶴生貯蔵酒、メーカーの説明によると、
『味わいは、やや淡麗でやや辛口、
飲む温度は5℃が最適、
おでんや焼鳥、枝豆や冷奴、
居酒屋風の料理に爽やかな生の風味がよく合う』
とされている。
居酒屋の止まり木で、冷やでグッと行くような庶民向けの酒のようである。

いつものように、前置きが長くなった。
早速、土佐鶴生貯蔵酒、飲んでみよう…。

酒屋さんでは、冷蔵ショーケースに入っていたので、買って来てそのまま冷蔵庫へ入れていた。
出して飲んでみた。

確かに、ねっとりではなく、スッキリ。
淡麗と云うのだろうか? 後口は、若干辛口に…。

冷やだから飲みやすいのは間違いない。
肴要らずで、瞬く間に空けてしまった。
土佐鶴社の狙い通りになっただろうか…?

但しエタノールがブレンドされているので、少しはつんと来るその匂いが気にはなる。
これは、以前にしていた仕事の性か?
と思いつつも、あまり抵抗なかったのも本当のところである。

土佐鶴の創業は江戸時代の安永年間だそうである。
土佐の安田郷の家老廣松氏は海運業を営む傍ら、酒造りを始めたと云う。
その後、酒造りに自信ができたので、江戸末期には酒造専業となったそうである。
『淡麗にして旨い辛口』をモットーにして、今日まで酒造りをしてきている。

この安田郷は室戸岬に近い安芸郡安田町にある。
安田川という剣山を源流とする良質で豊富な水に恵まれ、酒造井戸から汲みあげる仕込水は最も美味しいと云う軽度の硬水である。
含まれたミネラルにより辛口の酒が醸し出されているのである。

原料米は淡麗な酒を醸す高知県産米から吟醸に最適な好適米「兵庫山田錦」まで目的に応じて幅広く使用してバランス・バラエティに富んだ酒を醸ししているのである。

また土佐鶴と云う銘であるが、紀貫之から来ているそうである。
平安時代に土佐の国司の任を終えた紀貫之が帰洛の途上、松原に舞う鶴の一群を眺め、土佐への慕情を込めて歌を詠んだ。

「見渡せば 松のうれ(枝)ごと 棲む鶴は
千代のどちとぞ 思ふべらなる」

この土佐の吉兆鶴に因んでいる、ということである。

江戸末期の土佐藩藩主山内容堂はは自らを『鯨海酔侯(げいかいすいこう)』と呼ぶほどの愛酒家であった。
藩士が集まれば酒を酌み交わしながら天下国家を論ずると云う風土が出来上がったのでもある。
勿論、竜馬もそのなかには含まれる。
京都や伏見の藩邸で、毎晩のように呑まれたのであろう。
藩民一体でこの大酒造メーカーを育てて来たのである。

他にも理由はあろうが、高知の日本酒消費量は全国一となった。

高知人は猪口で飲むようなことはせず、コップ酒に限るらしく、酒量も当然の事ながら増えてしまう。

また、高知には可盃(べくさかずき)と云って、底に小さい穴が開いていて、指で押さえていなければ酒が漏れるようになっている盃がある。
飲み干すのが必須となる。
更に箸拳という飲み方があり、酒量が更に増えるとのことである。

高知にはこの土佐鶴を始め、坂本竜馬の船中八策で有名な司牡丹、また酔鯨など、全国的な規模の酒蔵が存在するのは当たり前なのであろう…。

何をさておいても、高知には新鮮な魚の皿鉢料理があるので、肴には事欠かないようでもあり、うらやましい限りである。

〔との酒 完〕

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