般若寺は東大寺大仏殿を見渡す奈良市の北部、大仏殿前の転害門から奈良坂を上りつめた辺りにある。

この奈良坂を更に北へ今度は下って行くと、山背(やましろ)の国、木津の町へと入って行く。
いわゆる旧奈良街道であるが、この街道を守るがごとく般若寺は建っている。

般若寺はコスモス寺としての観光名所として知られる。
関西花の寺第17番札所に指定され、秋のシーズンには、花を求める多くの女性の方々で賑わう所である。

この寺は飛鳥時代に高句麗の僧によって開創され、のち、聖武天皇が都の北東の鬼門にあたるこの寺に伽藍を建立し、十三重石塔を建てて天皇自筆の大般若経を安置したと云う。
本尊は智慧の文殊菩薩である、

この般若寺、奈良街道の要衝に位置するため、平家の奈良焼き討ちなど度々の兵火にみまわれ伽藍の多くを失ったと云う。
伽藍に加え、千人もいた学僧も失われたのであった。

鎌倉時代に西大寺の僧、叡尊によって再建され、その後もあれこれあったが立派に現存している。

旧奈良坂街道に向けて昔のままの土塀を従え、天竺様式を取り入れた国宝楼門がさりげなく立っているのも、奈良には似つかわしい風景という感じがする。

さて「般若」とは何であろうか?
般若の面?「嫉妬や恨みのこもる女の顔」としての鬼女の能面がまず思い浮かぶ。

「源氏物語」で葵の上が六条御息所の嫉妬心に悩まされ、その生怨霊にとりつかれた時、般若経を読んで怨霊を退治したので、般若が面の名前になったと云われる。
しかし、これは、これだけの話し…。

本来「般若」は仏教で言うところの「智慧」、知恵や知識が備わった上で悟りに繋がる意味深い言葉である。

じゃあ、般若湯(はんにゃとう)は?
この智慧をもたらす湯ということで、戒律上、飲酒が禁止されていた僧達が考え出した用語であろう。
泡般若(あわはんにゃ)ってのもあるそうである。

そういえば、泡般若が美味しい季節になって来ているのは嬉しいことである。

「寄る人に 智慧を授けて 文殊様
奈良坂寺に コスモス香りて」

〔はノ段 完〕

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