大阪の河内地域は「かすうどん」が名物である。
 かすうどんと云っても、酒粕のことではない。
 牛のホルモンを脂分が抜けるまで低温でカリカリに揚げたもののことである。
 通常は食用の油を抽出した残滓であり、捨てるものではあるが、河内では「油かす」と云って、料理のトッピングなどに使っているものである。
 大阪府の藤井寺市、羽曳野市は古代の古墳である「古市古墳群」が集まっている所である。
 古墳を訪ねる前の腹ごしらえとして、藤井寺駅で途中下車した。
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 そして駅近の商店街の中にある「はびきのうどん」を選んだ。

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 予想してはいたが、店頭のメニューを見てみると「かす」一色である。
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店内へと進み、ワンコインで頂ける「おにぎりランチ」を選んだ。

 蕎麦もあるようなので、「かすうどん「」ならぬ」「かすそば」を注文したのであった。
 待つこと5分ぐらいか、ランチが出てきた。
 小さいおにぎりが一つと、かすの量が少ない「かすそば」、値段からみてこのぐらいが妥当なのであろう。
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 トッピングはかすの他にとろろ昆布と青ネギである。
 頂いてみる。
 出汁は大阪出汁である。
 かすは柔らかくてあまり味がしないが、それなりにホルモンを思わせる味である。
 うどんの方が良かったかな?と思いつつ、最後まで頂いたのであった。
 河内藤井寺でかすうどん(かすそば)を頂いたので、河内古市の古墳を訪ねてみよう。
 東隣の「土師(はじ)ノ里駅」まで電車に乗った。
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 駅の直ぐの北に「允恭天皇陵」がある。

 よくご存じの仁徳天皇の息子で、第19代の天皇である。
 住宅街が内濠堤をかなり占領しているので、全周を見ることができないが、一周したのであった。
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允恭天皇陵は駅の北にあるが、南西には仲津山古墳がある。
 応神天皇の皇后であった仲姫命陵である。
 周濠の周りを歩くことができる古墳である。
 前方部は南の応神天陵の方向を向いていて、我が国で大きさが9位の古墳である。
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仲姫命陵の南に古室山古墳がある。
 埋葬者は分からないが、全長150mにも渡る大古墳である。
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 その南には、応神天皇陵が控えている。
 400m以上もの大古墳で、我が国第2位の古墳である。
 応神天皇は八幡神社の神としても良く知られている。
 仲哀天皇・神功皇后の子で、仁徳天皇の父である。
 5世紀の古墳時代全盛期であった。
 堺市にある仁徳陵と合わせて巨大古墳である。
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応神天皇陵は内濠の内堤が全体を包んでいて、内濠を見ることができない。
 周囲を回って見ると、内堤をその外の外濠の跡(下の田の部分が外濠である)を見ることができるのみである。
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これらの古墳の位置関係は下図である。
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 古代、政治の導線は、仁徳天皇陵や履中天皇陵の大阪の堺市、今回の藤井寺/羽曳野市、そして崇神天皇陵、あるいは景行天皇陵、引いては卑弥呼の墓まである奈良の天理/桜井市であった。
 これらの都市は東西に一直線に並んでいることも興味がそそられる。
 古代の街道、竹ノ内街道、長尾街道が結んでいたところである。