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 大阪市の難波駅から南下し大阪湾に近いところを走り、和歌山県の和歌山市駅を結ぶ私鉄は南海電鉄本線と云う。
南海本線には途中で関西空港に分かれる支線もあり、鉄仮面のような特急電車も走っている。
 この南海本線が難波から南下し、大和川を渡った堺市の最初の駅に「七道(しちどう)」と云う駅がある。
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「七道」とは、かつてこの辺りは大和川はまだ無く、住吉大社の社領で、その中に僧行基が建立した高渚寺(たかすでら)があり、その寺が七堂伽藍を構えていたことから名付けられたと云う説がある。

 七道駅の西側には、大型スーパーのイオンが建設され営業を開始している。
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この地はダイセルという化学会社の工場跡地で、堺市北西部に一大ショッピングゾーンを築こうと云うものである。
そのダイセル跡地であることを示す赤レンガの建物が一部残されている。

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 時刻は丁度昼時である。
イオンモールへと入り、昼食としてみよう。
 駅からイオンモールの入り口へ誘導する歩道はよく整備されている。
七道口から入って暫く行くと、レストラン街がある。
その入り口付近に「おひつごはん」をメニューとする「海のHMR」と云う店があった。
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幸いに行列は無かったので、すぐに店内へと入ることができ、店員嬢にテーブルへと案内されたのであった。

 メニューを見てみる。
各種の海鮮丼が並んでいる。しかし、陶器製の器ではなく木製の直径15cm位のおひつである。
値段も様々である。
その中から手ごろな「北海おひつごはん」を選んで、オーダーしたのであった。

 待つこと10分ぐらいか、トレーに並べられた料理が届けられた。

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おひつには、いくら、サーモン切り身、ホタテ、カニフレーク、サーモンフレーク、玉子焼き、そして大葉が乗せられている。
おひつの他に味噌汁、3種類の薬味、レモン片、そして白だしと書かれたポットも付いている。

どのように食べるのだろうと思っていると、テーブルの上に能書きがあった。
〔その一〕お茶碗でそのまま
〔その二〕おひつ香味とご一緒に(レモンをかける)
〔その三〕シメはだし茶漬けで(出汁は利尻昆布と枕崎産鰹節、付属の薬味をのせる)

 と書かれている。
この通り実践してみた。
 最初は普通の海鮮丼を食べている味であり、特徴はない。
しかし、最後の白だしになると結構味は変わる。
この出汁、中々美味いと思いながら、完食したのであった。
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 さて、このイオンモールが立地する地名は鉄砲町と云う。
鉄砲の時代である戦国時代は、この場所から西は海であった。
そして鉄砲鍛冶たちが試し撃ちをした場所とされている。
 鉄砲鍛冶たちの工場は、七道駅のイオンと反対側にあった。
そのあたりを訪ねてみると、まずは内部非公開であるが鉄砲鍛冶屋敷がある。
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主屋には大ふいごや大筒が設けられ、江戸時代の鉄砲鍛冶の作業場の面影が残されているとのことである。この辺りは北旅篭町と云う。

 2本東の道は紀州街道である。
その街道沿いに水野鍛錬所と云う建物がある。
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 建物の前の説明板に、榎並屋勘左衛門家と芝辻理右衛門家とともに鉄砲年寄と云われ堺の鉄砲鍛冶の中心的地位にあったとされている。
尚、芝辻理右衛門は、徳川家康から大坂城攻めの大筒を造ることを命ぜられ、長さ3m、口径39cm、砲弾重さ約5.6kgのわが国最初の大砲を造ったと云われる。

 また理右衛門は大坂冬の陣の前に1,000挺を製造し、その功労で高須の地が家康から与えられ、理右衛門はその地に鉄砲技術の守り神として高須神社を創建したと云われている。

また水野鍛錬所の前には、この地の歌人「与謝野晶子」の歌碑、
『住の江や 和泉の街の 七まちの 鍛冶の音きく 菜の花の路』
が建てられている。

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 この鉄砲製造の技術が、堺の伝統産業の打刃物や自転車工業に繋がっている。
このあたりは、現在も打刃物の企業が多いところである。
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七道駅に戻ると、駅前ロータリーの中心に銅像が建っているのを見つけた。

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北旅篭町生まれの河口慧海(えかい)の像である。

黄檗宗の僧となった慧海は、仏陀本来の教えを求めて、梵語の原典とチベット語訳の仏典入手を決意して、徒歩でヒマラヤ山脈を越え、日本人として初めてチベットへの入国を果たし、一切経など多数の資料を入手した人物として知られている。

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