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 京都府宇治市の京阪電車宇治線「三室戸(みむろど)駅」で下車した。
宇治市や南山城一帯では、中世から茶の栽培が盛んである。
 宇治茶は玉露など品質の良さもさることながら、宇治茶を日本一にのし上げたのは、戦国時代とそれ以降、徳川家康なり江戸幕府が宇治茶商の上林(かんばやし)氏を重用したことが始まりである。
 関ヶ原の戦いの前哨戦として、徳川の管理下にあった京都伏見城を西軍の大部隊が襲ったことがある。
守将は鳥居元忠で三河以来の子供の時からの家康の近習である。
 伏見城では籠城を決めた時、そこに元徳川の家臣で宇治で茶業を営んでいた上林竹庵が家康の今までの恩に報いるためにと元忠のもとに馳せ参じた。
しかし竹庵は今は町人、鳥居元忠は何度も断ったが、聞かない。
仕方ないので籠城させ、一部署を任せたのであった。
城方は守備の人数が僅かに1800人、そこへ4万と云う西軍が取り囲んだ。
しかしながら城方は勇敢に戦い、なかなか落城には至らなかった。
 こういう時には、攻め方から城内に内通者を送り込むのが常道である。
五奉行の長束正家に伏見城内にいた甲賀衆に向かって、内通しなければ妻子一族を捕縛し磔にすると脅迫した。
その結果、甲賀衆の火付けにより戦況が変化したのであった。
そうなると多勢に無勢、元忠や上林も戦死という憂き目に遭い、伏見城は落城したのであった。
 このことを聞いた家康は、籠城した元忠や徳川の家来の子供たちを以降重用した。
そして上林には、宇治茶を徳川の庇護のもとに置き、宇治から江戸までの「お茶壺道中」が恒例化されたのは良く知られている。
 さて、三室戸駅の東方の山麓には西国観音霊場10番の三室戸寺がある。
今は紫陽花の開花時期であるので、参拝者も特に多い。
 駅からこの寺まで行く途中の右手に宇治茶をメインにした抹茶カフェの「IT久右衛門(きゅうえもん)」と云う店がある。
この機会に「茶そばでも…」と思い立ち、寄って見た。
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 この店には何十年か前に一度来たことがあった。
その時は小さな土産物屋の様な店であったが、今回行ってみて驚いた。
大きな立派な店構えに変身している。
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 建物の内部は、右半分がカフェと食事処、左半分が土産処である。
席に着くには10組ほどの順番待ちとなった。
土産処にも多くの人が土産物を物色している。
平日であったが、恐らくは宇治観光地で一番のはやりの店であろう…。
 客は女性が圧倒的に多い。
席は60~70くらいはある。
これなら回転は悪い筈がないのに、なかなか順番が来ない。
5分に1組のペースで呼ばれている。
 理由は分かった。
喫茶店宜しく話し込んでいる女性客が多いからである。
しかたなく待ちに待った。
 30~40分経ったであろうか、呼ばれて席に着いた。
早速注文の場面である。
迷わず「ざるそば」を注文した。
店員嬢「他には? メニューご覧になりましたか?」
「見ましたよ。ざるそばを味わって見たいんです」
「承知しました。暫くお待ちください」

5分ぐらい待って茶そばのざるそばが出てきた。

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長方形の箱の底に簀子をおき、薄緑色の蕎麦が3つのブロックで盛り付けられている。
トッピングには刻み海苔である。
後は、葱と山葵の小皿と出汁の器である。
もう一品茶葉の佃煮の様な物が付いていた。

 さあて頂いてみよう。
先ずそば麺であるが、柔らかい。
コシがあるとかないとかの範疇でなく、ノビたのでもなく元々このような柔らかい仕上げであろう。
そして文句なく出汁と良く合う。
 蕎麦ファンの方から見るとおそらくこれは蕎麦では無いと言うであろうが、それはどちらでも良い。
口当たり良く喉越し良しの美味しい麺であると言っておこう。
 付近には三室戸寺を始め、宇治上神社、平等院などの国宝世界遺産がある。
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 その他にも源氏物語の宇治十帖の舞台として、多くの謂れのある場所がある。

この蕎麦処の近くに「手習の杜」との石碑があった。

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源氏物語の宇治十帖の九帖目である。

 浮舟は薫と匂宮の二人の男の間で懊悩し、宇治川に身を投げて自殺し、そして葬送の儀式まで行った。
しかし、浮舟は死んではおらず、叡山横川の僧都によって助けられていたのであった。
そして浮舟は入道への志を持ち、この場所で手習いをした。
 浮舟が生きていることを薫が知るようになるが、既に僧籍に入った後のこと。
還俗の勧めも聞き入れず、薫は立ち去るという物語の舞台であった。

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