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大阪にカレーの老舗がある。
インディアンカレーと云い、戦後間もなくの創業である。
最初はミナミの法善寺の界隈で店を始めたとのことであるが、現在は大阪に7店舗、芦屋と東京丸の内にそれぞれ1店舗を構えるチェーン店である。
 地下を走るJR東西線の北新地駅で途中下車し、地下続きのドージマ地下街の店に行ってみた。
この辺りは多くのビジネスマンやビジネスレディが昼ともなれば食事をするところである。
行列は嫌なので、少し早目の昼食としたのであった。
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 入口を入ると先ずはレジがあり、注文と支払いを済ませなければならない。
初めての味なので、辛いのかどうか不安があったので、基本のカレーに加えて生卵のトッピングを注文した。
すると、「白身は要りますか?」と聞かれた。
「白身付きでお願いします」と答え、渡された札を持って、カウンター席に腰を降ろしたのであった。
 直ぐにお冷やと小皿に盛られた漬物が出された。
漬物はキャベツのピクルスである。
試に一口味わって見た。
少々甘い、という感覚であった。
 待つこと2~3分ぐらいか? カレーが出てきた。
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色はそう濃くない。
家庭で造る標準のカレーのようで、そう辛くないような色合いである。

 一口食べてみた。
辛いというより、どちらかと云うと甘い。
子供用のカレーみたいだな、と思いながら続いて口に運んだ。
 すると、段々と辛くなって来るではないか…。
どうしたんだろうと思うが、そのような仕掛けになっているのであろう…。
 時々ピクルスを口に運ぶ。
すると丁度良い感覚となる。
最後まで、美味しく頂いたのであった。
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 この店、カウンターは対面式である。
店員嬢に「カレーは最初は甘いと思ったけど、辛くなってきますね。しかし美味しかったです」
とご馳走様を云い、店の歴史などを少し聞いてみた。
 それが冒頭の記述である。
そして、「以前、富国生命の地下にカレー屋さんがありましたね。あのインドカレーも同じ店ですか?」と聞いてみた。
「あれとは全然違います。うちは戦後直ぐですから…」とのことで、老舗を強調され、成る程と納得した次第であった。堂島地下街から地上に上がってみる。
そして堂島川の右岸(北側)を少し海側(西側)に向いて歩いて見ることにした。

 サントリー本社のビル横を通り、東洋紡本社ビルを過ぎ、阪神高速の高架道路を潜ると田蓑橋の北詰に至る。
この北詰には「蛸の松」という記念物が植えられている。
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 この蛸の松は、元々堂島川の対岸の現在の阪大中之島キャンパス前ぐらいにあったものである。
 当時は広島藩の蔵屋敷と久留米藩の蔵屋敷があり、広島藩主の福島正則が植えたとされている。
残念ながら明治の末期に枯れてしまった。
現在の松はそれを記念して、場所を変え10年ほど前に植えられたものである。
 更に西に向かって進む。
テレビ・ラジオの朝日放送の新社屋が見えてくる。
手前には複合型オフィス・展示場である堂島フォーラムがある。
 その堂島フォーラムを過ぎた所に豊前国中津藩の蔵屋敷跡の石柱がある。
そしてそこで生まれた福沢諭吉生誕地の標柱も建てられている。
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そしてなにわ筋の玉江橋に至る。
それ以上進むと時間が無くなる。
仕方ないので、そこからなにわ筋を北上して、同じJR東西線の1駅先の新福島駅に至り、途中下車は終了した。