今週もやっと週末を迎えた竹上電機東京支店営業課、最近は秋到来のような爽やかな日中で、蒸し暑かった夏とはうって変わり、外出営業にはもってこいの季節となっている。
しかし時節は9月末の上期末、売り上げ目標達成のためには、憂鬱な季節でもある。
上期の目標達成にはもうひと頑張りというところであった。

今日も顧客に売上確保すべく課員が出かけているが、楽しみは週末の呑み、やっとその日がやってきたのであった。
鈴木課長の「さあ行くぞ!!」の声を合図に、例の居酒屋「藤屋」へ集まったのであった。

「皆ご苦労! もう一息となった。明日からは3連休だ! ゆっくり休もう。じゃあな、乾杯~ィ!」
「カンパ~ィ!」「かんぱ~い!」
兎に角今日もまた始まったのであった。

課長が喋り出した。
「実はな…、高校の教師をやっている同級生と、この間、偶然に駅で出会ってな…、10年ぶりぐらいでねェ…。彼も電車を待っているところだった。ちょうど昼前だったので、飯でも一緒に食おうとなって、改札を出て居酒屋風の店に入ったんだ。夕方だったらね、ビールもありなんだがなァ…。残念ながらその後も仕事があるからね…。とりあえず定食で我慢したんだ」

「へぇ~ェ、そんなことあったんですか…? この広い東京ではめったにないことですね。それで、どうだったんですか?」

「そいつね、学生の時から野球をやっていてなァ…。高校の時は甲子園にも出たと自慢してたやつなんだが…、3年前に今の高校に変わったとき、野球部を任されたんだって。部長兼監督、なかなか大変だそうだ」

「そこは強いんですか?強ければ、面白いでしょうけど…」
「それがそう強くはないらしい。一回戦ボーイでは無いらしいが、強豪と当たるとコロリと負けてばかりと、言ってた。それが同じ公立同士でもそうなのだから、公立だけには負けたくないと強く言っていたね」

「強いものには勝つのは難しいですが、しかし勝とうと思えばそれなりのやり方が…あろうかと…」
「そうだと思うんだがね、そいつはね、うちの選手はやる気がないとか、技術が無いとか、ライバル校は選手集めに不正な手段を使っているとか、ボヤいてばかりいた」

「へぇ~ェ、そうなんですか…。甲子園を経験している監督でも、難しいんですね」
「何か方法ないもんか?、と相談されたけど、俺は野球は見るだけしか能はないからなァ…。まあ、頑張れよ! 近々呑もうと言って別れた。何かいいアドバイスは無いもんかなァ?」

「そりゃ、野球と云えば横田主任でしょう?高校野球の県大会で優勝して甲子園へ行ったって自慢してましたからね」
「そうだったな…、もうそろそろ彼、来るかな?」

うまい具合に、ガラガラと引き戸を明けて横田主任が入ってきた。
「課長、無事終わりましたよ…。やっとお客さん、納得してくれましてね。新たな注文も戴きました。上々、OKです」
「そりゃ、ご苦労だった…、その話はまた後にして、まず呑もう。かけつけ3杯だな…」

横田主任の急ピッチ呑みの間に、遠藤君が先ほどの課長の同級生のことをかいつまんで囁いた。
主任は「うん、うん…」と聞いている風だが、どちらかと云うと、仕事満足感ビールの呑みに徹しているように思えた。

呑みに一段落した横田主任、
「呑んだ…、ふ~う…」と言いつつ、
「課長、そうでしたか…、ライバルに勝てないもんだから、相手をこき下ろして満足している。正直なやり方をしていれば負けるのは当たり前みたいな…」

「そうなんだよな…。いいやつなんだけどなァ…。なんか良いアドバイスは無いものかなァ? 自分のところの生徒のやる気なさや、相手の不正ばかり言っている。不正たってルールに違反してる訳けじゃないないんだけどね…」

「いわゆる青田刈りの越境入学というやつですか…。そりゃあってもおかしくは無いですけど、まだそんなことやってるところがあるんですね。中学のいい選手に目をつけておいて、住民票を移して入学させるやつですね」

「密かに進行しているらしいんだがね…。自分とこの学区の選手を引き抜かれたって、更にボヤいてたんだ」

「なるほどね…。先生がぼやくばかりじゃ、気合が入らないですね。先生はいいけど、将来がある生徒がかわいそうですね。勝てるようにしてあげるのが、監督の役目でしょうに…。正しいのは何かを先生は相手の不正を教科書にして教えようとしているんでしょうけど、そんなことでは教えたことにならないと思いますが…」

「いいじゃないか間違いは間違いと教えれば」
「それはそれで、いいとは思いますよ。しかしいくら正義ぶっても、それだけです。何の役にも立ちませんし、何も生み出しません。スポーツでも何でも、勝敗のあるものは上を目指すことが大事なんです。登っていかなければ何にもなりません。上手くいかないと、できない理由をアレコレ探して並べている。いわゆる負け犬の遠吠えっていうやつにしかなりません」

「じゃあ、どうするんだ?選手に素質が無いというなら、越境していいのを集めるのか?」

「いや、それもありですけど、そんなことしても勝てません。心技体、最近では心・技・体・知と云われますけど…、いい選手を揃えれば技術力は確かに一歩先行くでしょうね。しかし、それだけです。技術力が不足してると思うんだったら、知力、体力でカバーすることを考えたらいいんです」
「そうか? どんなことするんだ?」

「答えは決まってます。球技はタマヒロイが基本です。タマヒロイがうまくなれば、野球も勝てるようになります」
「そんなこと本当か?」

「本当です。タマヒロイを馬鹿にしてはいけません。
野手がノックを受けている間に、その後ろで逃がした球をいち早く拾い集める練習をするんです。
最初は逃した球は拾うのは難しい。
外野まで球は転がるから、走りっぱなしです。
疲れるけど体力は自然に付いてきます。

そのうち、前の野手が逃がした球を止めるようになります。
遠くまで拾いに行くのは、嫌ですからね。
そのためには、練習中の野手以上の動きをしないといけません。
自然にボールへの反応がよくなります。

前に居る野手の欠点もよく見えます。
それを見てると、自然と自分のスタイルができてきます。
それを繰り返し繰り返しやれば、バッチリです。

体力は付くし、ボールへの集中力もできる。
どうしたら球が取れるかを考えて、賢くなっていくんです」

「タマヒロイね…。そんな効果があるのか? 知らなかったなァ…。ただボールを拾い集めてるだけかと思っていた」

「確かにボール集めだけの学校もあります。馬鹿馬鹿しいように思うかも知れないですけど、学校一のタマヒロイになってやろうとみんなが思えば、もうしめたものです。向上意欲もマインドもできてきます。それができてきてから、技術を教えたらいいんです。驚くほどスッと入ります。是非やっていただきたいですね…」

「なるほどなァ…。わかったわかった。今度、呑もうと云ってあるから、その時に言ってみよう…」
「目指せ甲子園、ぜひ行って欲しいですね…。皆で、甲子園行きましょうよ…。一度スタンドでビール呑んでみたいもんです」

「おいおい、高校生のイベントだぞ…。不埒な考えはいかんいかん。けど、呑むだろうな…」