週末は女3人組の女子会である。
居酒屋「藤白」の小上がりのこの3人、派遣会社コスモスパートナーズの仲良しである。

那美、比呂香、琴絵の3人は、この派遣会社に同時に登録した同期である。
その時上手い具合に派遣要請されていたCEショー会場の竹上電機の展示ブースの雑役に10日間ほど派遣され、仲良くなった。

その勤務の時の愛想が良かったのか、卒なくこなしたのかどうか分からないが、竹上の宣伝部長に請われ、3人一緒に丸の内の竹上のショールームにその後勤めた仲でもあった。

しかし派遣の仕事は同じ場所でそう長くは続かない。
一年ほど経って、契約満了となり、那美は福祉関係の協会へ、比呂香は大学の事務補助へ、そして琴絵はそのまま竹上電機の東京支店の庶務へと新しい仕事に就いたのであった。

この3人、1人身の気楽さか、彼氏がいないことの寂しさか、誰から言い出したともなく、「毎月給料日の週末には集まろうよ」となり、今日はその女子会の初日である。

姉御肌の比呂香が切りだす。
「琴絵、竹上の仕事はどうなのよ?」
「気を使って貰ってるみたい。仕事はあまり云われない。そのうちドッと来るでしょう」

「那美はどうなのよ? 慣れた?」
「福祉と云うのは、なんか決まりと云うか法律と云うか、面倒くさい見たい。やっていいこと、いけないこと、いつも揉めてる。大丈夫なんかなと思うけど、役所の下請けみたいで、親方日の丸かな? 適当にってとこ…」

「比呂香こそどうなのよ? 大学って難しいし、ややこしいんじゃない?」
「それがね、一般の会社と違ってお金儲けしなくていいじゃない。だから皆さん、好き勝手に動いていて、どうお手伝いしていいのか、良くわかっていないまま来てる。工学部の研究室に配属されてるんだけど、うちの教授、ちょっと変わってるんよ」

「変わってるって? 変な癖でもあるの?」
「話せば長くなるけど、元々は立派な医大を出たパリパリのお医者さんだったんだけどさぁ…。大学卒業して医大病院やら民間の病院に7、8年勤めたんだって」
「それでどうしたの? そのあと開業でもすればお金持ちになれるのに。何かあったの?」

「何もなかったのが不満だって。毎日患者さんと接してると、いくら治療を施しても治らない病気があるんだって。それこそ臓器を取り換えないと治らない病気があるということに気付いたんだって。だから先生、治らない病気を何とか治したいと考え、一念発起、臓器を再生しようとして、国立の研究機関で人工心臓の研究をしたんです」
「へえェ~。凄い先生ジャン」

「その研究をしてるうちにね、細胞でできた本当の心臓と云うか臓器を作ろうと思ったんですって。そして研究には大学だろうと、卒業した大学と違う別の医学部に移り、細胞増殖とか臓器形成の仕方を研究したんです」
「なるほど、すごい先生だね」
「しかしそこでまた気付いたんですって。医学部では物が作れないということをね。それで今度は物が作れる工学部に移ったんだって」
「へえェ~。凄いね」

「そして毎日、院生や学生と臓器を作る研究をしているんですよ。私にはさっぱり分からないけどね」
「臓器って簡単にはは作れないでしょう? どうやって作るの?」

「なんでもね、細胞を増殖して、出来た細胞をインクジェットプリンタのヘッドのようなものから噴出させ、3Dプリンタの原理で立体的に作るんですって。血管も同時に臓器の中に作れるから本物そっくりのものが出来るってことよ。しかし研究には色んな段階があって、あと20年ぐらいはかかると言ってらっしゃるけどね」
「気の長い話だね。けど、できたら素晴らしいね」

「そりゃそうだと思うよ。臓器移植のように、人からとってきた臓器を別の人に取りつけるようなことは無くなるしね」
「だね、それに移植待ちの多く患者さんの治療が人工臓器でできる。一石二鳥だね」
「そうなんです。先生には是非とも頑張って欲しいと思ってま~す」

「そんなこと研究している先生がいるんだ。そういやiPSもSTAPも再生医療だね。頑張って欲しいです」
「その先生のお名前は、何とおっしゃるの?」
「土井先生です。そのうち新聞を賑わすかもね…。覚えておいてね」

比呂香がドヤ顔をきめたとたん、これまでじっと聞いていた琴絵が突然喋り出した。
「臓器移植のための脳死判定、そんな人間の尊厳を無視したようなことが無くなるのがイイね。私もその夢を応援しよう」

「だね。臓器製造技術ができて臓器工場ができればいいね。脳死判定も無くなる」
「脳死と臓器移植に関する法律もできているようだけど、人の死の取り扱いを法律で決めるなんておかしな話だと思っているんだけど…」
「心臓は動いてるんでしょう?」
「移植のために、無理矢理それを脳死と決めるんだね」
「その動いている心臓を取り出すのが、脳死なんだね」

「そりゃ、無茶でしょうに。人の死ってのは心停止の筈ですけど…。心臓が動いてりゃ、生き返る可能性もあるもんね…」
「だと思うよ。くどいけど、移植目的のためだけに脳死と云うことが診断されてるんです」

「臓器を取り出すための法律なんですね」
「そうなんですよ。心臓を始め動いている臓器を取り出すんです。けどその前には家族の同意が要るんだけどね…」

「その法律では、脳死も死体と書かれているけど、明らかに生体なんです。医学的には脳死になれば回復不可能と云う診断をするのかも知れないけど、それは医学の世界のことだけで、現実の社会では、それは許されないことのように思うんだけどね。そんなことを法律で決めているんです」
「そうだろうな、世間知らない議員が多いからね…」

「そして法律が改正されて、それまで脳死下の心臓提供は年間10件ぐらいだったのが、30~40件になったんです。それでも多いとは言えないけどね…」
「国民にはそっぽ向かれているんだね…。頷ける…。医者はやりたいとは思っているだろうけどね…」

「人工臓器に期待しよう。土井先生だったかな、ガンバレ~。比呂香もガンバレ~」
「さあ呑むぞ~。も一度カンパイ~」

あとは、他愛もない話となって、週末の酒宴はまだまだ続くのであった。