竹上電機東京支店営業課 新年の行事も滞りなく終了して、日常業務に戻った。
既に1月も半ば、月例の営業会議の日がやってきたが、課としては1月の月初に対する実績が確保できていたので会議は和やかに終わり、はやばやといつもの居酒屋で年初ではあるが慰労会、四方山話を楽しむことにして解散、そして現地に集合した。

「さあ、気持ち良く飲もう…」
「課長、いつも気持ちよく飲んでますけど…」
「いやいや、今日は特別だ…。皆のお陰で、今月もなんとかイケそうだ。この勢い、キープでよろしく、よろしく。じゃあ、乾杯は横田主任にお願いしよう」

「ハイハイ分りました課長! とりあえずお疲れさん。明日に向かって、元気に行きましょう…。乾杯~~」
「乾杯~」「乾杯~」「・・・」

この営業課は課長を始め、難しいことは云わない。
云わないから、課員たちは自分で裁量できることが多い。
その結果として成績も良好で、上手く回っているのである。

「また、臓器移植が報道されていたな…。移植待ちの子供さんが脳死と判定され、ドナーになるそうだがね…。その子は6歳以下、4年間で3例目だそうだがね…。なんか可愛そうだね…」
「そうでしたね…。しかし別の人の命の継続ができるんですから、それなりに意味のあることかと思いますけど…」
「それはそうだけど、何か引っかかりがあるね。なんだろうね…?」

「課長、それは脳死ということへの引っ掛かりではないですか?脳死ということを巡っては、賛否両論ありますからね…」
「心臓や他の臓器が機能してるし、血液も巡っているんだがね…。脳だけが停止している。それを人の死というんだがね。何か抵抗がある。横田主任はどう思うかね?」

「それは単に脳不全というだけの状態なんですよね。しかしそれを脳死判定なるものを経過して、法律的に死として扱っても良いと決められてるんです。臓器移植をする場合には、ですけどね…。ただし、脳死と扱うためには当然のことながら家族の方の同意が要ります。そして、臓器移植のために臓器を取り外すなら、さらに同意が要ることになると思いますが…」

「それじゃ、家族の方たちの考え方一つに依るんだな…。医者や関係者はアドバイスというか説明をするだけなんだな。家族もあれこれ悩むだろうな…」
「そうだと思います。臓器移植をしなければ、しておいた方が何人かは助かったのに……と思ったりするでしょうね…。臓器提供すればしたで、遺体をそのままにして荼毘に付した方が天国へ行っても、五体満足で過ごせると思うし…。どちらにしても、ずうっと頭から離れないんではないかと思います」

「嫌な選択を迫られることになるんだな…。やはり、移植を拒否する人が多いから、移植の実績が少ないのは頷けるがね…」
「そうでしょうね。いくら勧められても、ノーと言う人が多いんだと思いますよ。そりゃそうでしょう…。心臓が動いているんですから生きているんですよ。それを取り出すんですから。脳が回復する可能性は殆どないと強要されて、選択を迫られるんです」

「辛いだろうね…。そういうことは、止めるべきだとは思うがね。何にしろ、家族の方の選択だからね。それぞれ哲学を持って選んで、悔いの無いように、としか言えないね」

「しかし今回の場合は特殊ですね…。移植待ちの子供が脳死判定された。その時点で家族はナンのカンのとは言えなかったでしょうね。二つ返事でオーケーとなった見たいですね」
「渡米して、臓器移植の予定まで作っていたそうですがね…。残念だったでしょうね」

「その子の命は唯一無二だからね…。その命を絶やさないと云うのは良くわかるね…」

「話が変わりますが、脳死というのは脳不全が治せない、それなら臓器を別の患者に使ってそちらを治そうというような発想ですね。言い方は悪いですが、動かないポンコツ車からの部品取りみたいなもんですね…。しかし、それはそれで、家族の意思の問題ですから、反対・異論を唱えるわけではありません。できたら停止した脳を再稼働できるように医学の研究開発を進めて頂きたいと思います。他の臓器もね。そうなれば移植なんて、人間の尊厳にかかわるようなことは必要なくなるんですけどね。今、細胞を用いた再生医療の研究が盛んに行われていますけど、やはり将来目標は各臓器や機能の再生でしょうね。そして脳不全が回復すれば最高だと思いますが…」

「横田主任、いいこと言うね。そうなれば最高だけどね…。悩まなくても良くなる。是非、がんばってもらおうか…」

今日も四方山話が続いていくのであった。