現在のJ国の総理大臣は野川健太郎である。
もう一年以上も前に民政党の総裁となり、そのまま総理に選出されたのであった。
野川総理は就任以来、多くの課題を抱えていたが、その中でも、

震災復興をどう取り仕切って行くか?
J国固有の領土、竹島、尖閣諸島問題をどうするか?
円高、米軍基地、拉致など海外諸国との外交交渉をどう進めるか?
更には、国会解散を何時にするか? 解散した後の総選挙に勝てるのか?

連日、国会やそのまわりを舞台にして、野党各党だけならまだしも、自党の歩調を合わせない議員とのやりとり・駆け引きに頭を痛めていた。
それに、国民や議員までもの推進会なる新勢力への傾倒も大いに気になる。

「首相と云うのは、もう少し権力があっても良いはずだのに…。これじゃ、議員の下僕じゃないか…?」
秘書に愚痴っては、いつも宥められていたのであった。

しかし政権与党の運営と云うのは難しいのも事実であった。
野党にいるときには、適当に対案を持って置いて、気楽に国会の議論に臨んでいれば良かったのに、全然勝手が違う。

「だいたい今の国の運営は、原発にしろ震災復興のルールにしろ全て前の政権与党のペースで決めて来た事じゃないか…。しかし知らん顔して、全て我が党が作って来たようなことにして追及してくる…。何たる奴らだ…、品が無い…。本末転倒も甚だしいが、政権を引き継いだんだから、それは言えんわな…。けど、少し位は反省しろ…」
ボヤいても仕方ないのだが、ボヤかずにはいられないのも事実であった。

今日も委員会で、ある身内大臣の援護に追われた。
さらに追い打ちをかけるように、自党の古株からも嫌味を言われた。

「こんなものやってられん。」
と言いながら、ドアを蹴飛ばす勢いで、官邸の自室に戻って来たのであった。

夕刻から、ある野党の党首と意見交換をすることになっている。
それまでは少し時間がある。

「時間になれば起こしてくれ! それまで誰も部屋に入れるな!」
と、秘書に指示して、ソファに横になったのであった。
目をつむるのが早いか、もう微かな寝息を立て始めたのであった。

野川は暖かい陽気に誘われて、桜土手の河原で転寝をしていた。
何ものかが近寄ってくる気配を感じて、ぼんやりながら目を開けた。

「野川、こんなところで昼寝か? 風邪ひくぞ…」
竹下政治塾の塾長の孝之介が覗きこんでいる。

「何だ、先生か…。ああ、びっくりした…。もう少し寝かせて下さい…。夕刻までには戻りますから…」
と、再び目を閉じたが、物音は聞こえている。

またウトウトとした。
寝入ったのかどうかは分からない。
鶯のホケキョの声に、再び目が覚めた。
まだ塾長がいる。
どうやら野川の横で寝ているらしい。

向こう向きなので寝てるかどうかわからないが、鼾らしきが聞こえる。

「変だな? 陣羽織なんか着ちゃって…。塾長! 風邪引きますよ…」
その時、一陣の冷たい風が吹き抜けて行った。

体をゆすって見た。
「う~ん…。煩い奴じゃのう…」
と、振り向いた。横目で睨まれたようだった。
野川には、始めて見る顔だった。

「ごめんなさい。余計なことしてしまいました。お気を悪くなさらずに…」
野川は行きかけようとした。
「こりゃ、またれい…。秀吉と知っての振るまいか? 許さんぞ…」
刀に手が掛っていた。

野川は、
「変なオヤジが出て来たな…」
と思いながら、逃げようとした。
が、足がすくんで動けない。
もがいた。刀が振り下ろされた瞬間に目が覚めた。

「なあんだ夢か…。しかし夢でよかったよなあ…。まだ早いな、また寝よう…」

今度は国会の議場の中に野川が一人、ポツンと座っていた。
そこにさっきのオヤジがドタドタと入って来た。

「秀吉である。貴様を成敗してくれるワ…」
しつこい。何人かの取り巻きも連れている。
煌びやかな集団で来た。
旗竿に瓢箪を吊している。やけに眩しい。
「これはヤバイ…」
柔道が得意な野川であるが、多勢に無勢。
ここは大人しくしていようと決めた。

「儂は先の関白、秀吉である…。貴様を成敗に来た。成敗する前に名前を聞いておこう…。名は何というんじゃ…?」

面倒くさい奴がまた来たなと思いながらも仕方がない。
「野川健太郎。この国の総理大臣を拝命している。秀吉って、あの秀吉の真似か? 何でこんなところに居る?」

「それは儂にも分からんがの…。貴殿は総理…? 大臣よりも上か?」
「そう、大臣の長である。国を治める最高の職である。」

「そうか、儂と同じか…。それならば、殺すに惜しい奴じゃな…。ここはどこじゃ? 貴殿の城か?しかし城にしては立派じゃな…。どうやら儂が迷い込んで来たようじゃな…?
許せよ。しかし野川殿、貴殿はなんでそのように浮かない顔をしているのじゃな?」
「いいや、この国を憂えること二十有余年、今が一番苦しい時でね…」
「何を深刻に…。いつだって、苦しいじゃろうがな…?知恵を使って、ひとつづつ始末して行かないとな…」
「なかなかその知恵が…、出ないのでね」
「何と弱気な…。総理とやらが、聞いて呆れるワ…」

こういう場面は何事にもシャシャリ出たがる秀吉の得意分野である。
問われなくても勝手にしゃべる。
「人の上に立つ者はな…。自分が動いちゃダメなんだ…。やらせておいて不満なら首を切れば良い。それができるのか? できないんだろう? まだ自分で『ああやこうや』と青臭いほどに動いているのと違うのか?」

「何で分かるんかな? あれこれ動きたい性分でね…。そうしないと気が済まない」
「それがいかんのだ…。儂はな、貧乏百姓から這い上がって来たからな…。良くわかる。しかしな、それはもう自分ですることは相ならんのだ…。貴殿がしなきゃならんのはな、大臣達をおだてたりな、どやしたりすることじゃ。そしてな、時期が煮詰まったらな、大いくさを仕掛けることじゃ…。戦じゃ、戦じゃ…!!」
秀吉らしきが大声で叫び始めた所で目が覚めた。

「なぁんだ、夢か…」
「総理、会合に出かけるお時間ですが…」
「おう…、そうだったな…。それにしても変な夢を見たな…」
「お疲れではございましょうが、遅れるわけには参りません。早速、お支度をてん」
と、秘書から急かされた野川であった。

会合先ホテルへの車中で思った。
「それにしても秀吉、妙なことを言ってたな…。なに伏見城から南方向の宇治の炭山で鷹狩をしてたら、洞穴をつけた。ずんずん入って行ったら、ここへ出たとな。出口は分かってるから、そこから伏見へ帰ることができる。そんなことだったが。夢だ、夢だ…。あり得ない」

憑かれたように、気になり出した野川であった。
会合はそれなりに済ませて、その日はそれで公務終了…。
宿舎へと戻ったのであった。

翌日になった。
野川のスケジュールは午前中に一つ委員会に出るだけ。
あとは、議事堂の総裁室で控えているだけである。
午後になった。
一人で総裁室にいると、昨日の夢が気になった。

「そうだ、議場へ行ってみるか…」
守衛に言ってカギを開けてもらい、誰もいない本会議場に入った。
いつもの総理席に座った。
誰もいない議場を見渡した。
議員や傍聴者が入っていると大きく見えるが、誰もいないと小さく見える。

「ようし…、日ごろはできない居眠りを、思いっきりしてやろう…」
目をつむった。

暫く経って、ドンドンと云う音に目を覚ました。
「秀吉である…。野川殿であるな…。また来たぞ…」

野川は夢か現か分からない。まだボーッとしている。
「秀吉殿…、また来られたのか…。良く来られた。まあ、そこに座りませんか?」

「それには及ばん…。勝手にするでのう…。野川殿、こっちへ来てみんしゃい。伏見の儂の城へ連れて行くでのう…」

野川は秀吉の取り巻きに囲まれて、連れて行かれることになった。
議場のひな壇の後ろの扉からから出た。
出て数歩…。そこに床板が外れる部分がある…。板を持ち上げ、秀吉が入って行った。
野川も続く…。全員入ったところでふたが閉められ、真っ暗になった。

暗いので何ともならない。
壁に手を這わせながら、とにかく階段を下りて行く。
平らなになった。
「急ぐぞ…」秀吉の声。
小走りで進んだのであった。

どれくらい歩いたろう…。
前方に明りが見えて来た。
「もうすぐじゃ…」
「おう!」「オゥ!」

岩穴になった。
少しの明りで、よじ登って行く。
森の中に出た。
思い思いに深呼吸をし、ひとごこちついたのであった。

「さあ、帰るぞ…! 馬引け!!」
野川は馬には乗れない。小者の馬に便乗した。
ひとっ走りで、城に着いた。

なんとまあ、綺麗な城である。
金を鏤めた、贅をつくした城であった。

「野川殿、何をきょろきょろしておる?早う、来んしゃい!お茶でも如何かな?」

茶室に案内された。
何とまあ室内全て金箔が貼られた茶室である。
居心地が悪い。モゾモゾする。

秀吉がお茶を立ている。流暢なものである。
心静かに、見入ったのであった。

「客人、落ち着かれたかの? ゆっくりされるがよかろうて…」

野川も薄々ではあるが分かって来ていた。
「なるほど、タイムトンネルだったのか? ここは伏見、秀吉の晩年か…。もう戦は無いな…。あるとしたら、朝鮮戦争かな?」
「客人、何をぶつぶつ言っとられる? ここはな太閤の隠居所だからのう…。何も起こらんわ…。野川殿とゆっくり天下国家のことを喋れるわ…」

野川は秀吉に意見してやろと思ったが、それにはまず秀吉を調子に乗せないと…、と喋り始めた。
「まず聞くが、何時の時代でも国の台所を富ますことが大切だが、その金を集める方法はどうじゃ? 国民から取る税金を増やしたいのだが…、秀吉殿ならどうする?」

「そりゃ、簡単じゃろう…。無い袖は振れんと云うのは良く知っておろう?袖を増やす以外に方法はないわな…」
「袖を増やすって…?」
「儂はなこの前、国中を万遍なく検地をしたんじゃ…。検地とは名ばかりでな、皆の台所を調べたのよ…。わんさかと出て来た。
野川殿もな、調べたらよかろう…。誤魔化してる奴、隠してる奴、免除されている奴、再吟味したらよかろう。するとな、袖が見えてくるからな、そこから取ればいいんじゃ…」

「しかし、それは法律の決め事があるから、無茶はできないんだがな…」
「甘いのぅ…。法律は国を富ますための決めごとじゃ…。実情に合わなくなって来たら変えるのが当り前じゃ…。それが貴殿らの仕事じゃろう…? 違うか? 税の優遇を廃止して、それに乗っかって来た金持ちから取れるだけ取れば、民は拍手喝采だろうて…。目に見えるようじゃ…。そしてな、富を国に集中させておくのじゃ…。するとな、いざと云う時に民への施しができる…。これが政治じゃなかろうかの…」

「なるほどな…、いい話を聞いたな…」

「ところで、秀吉殿、聞きたいことがあるんだが…」
野川がこれ幸いに歴史の疑問を聞いて見たかった。

「何じゃな、言うて見るがよかろう…」
「じゃあ聞くが、織田信長を本能寺で襲ったのは誰だったのか? そして、秀吉殿や家康は、それを前もって知っていたと思っているが…。ホントはどうだったんか?」

「ほおぅ…。鋭いところを聞かっしゃるな…。それは答えられんわな…」
「どうして?」
「それを言うと、後世まで迷惑が掛るのよ…。分かるだろう…。それが答えの全てじゃ…」
「分からんでもないが…、秀吉殿が天下人になられたのは事実だからね…。じゃあ一つだけ。前もって知っておられたのか?、これだけでも…」
「それは知っていたわサ…。信長殿を備中の戦へお誘いしたのは儂じゃからな…」

「なるほどな…。何か分かった気がするな…。も一つ、明智光秀はどうなったんじゃ…。」
「それは知らんわな。首は見つからんからの…。どうでもいいことじゃ…」

「そうか、これですっきりした…。ところで次の戦はどうされるのかな?」
「朝鮮に行くぞ…。きゃつらはな、玄海の海を騒がしよる…。今な、博多に戦力を集中しておる。三成が仕切っておるワ…」
「朝鮮征伐ですな…。朝鮮と言いながら明が出てくる…」
「何? 明が出て来るとな? そんなことあるもんか…。明とは密約があるでのう…」
「秀吉殿、密約があるからって、甘いんじゃないかな? かの国は信用ならんぞ。大きい国の割に細かいこと平気で云う…。見境のない人種だからな…。気をつけられた方がよかろうと…。随分と、そして今も煮え湯を飲まされ続けてるからなぁ…」

「貴殿はそうかも知れんがのゥ…。儂は大丈夫だ…。」
「秀吉殿、はっきり申し上げよう…。朝鮮征伐は止められるがよかろうと…。無駄に人と金を失う戦いになりますぞ…」
「野川殿、ここまで来たらのゥ、後には引けんのじゃ…。攻めるか、攻められるかじゃな…。攻めることはできてもな、攻められるのは、そういう立場になったことが無いからナ、攻めるしかないんじゃ」

野川はそれ以上はもう言えない。
なぜなら、もし秀吉が止めると云ったら、歴史を変えてしまうことになる。
幾らなんでもそれはできないことは野川はよくわかっている。

「秀吉殿、好きにされるが良かろう…。もう云うことはない。勝利を期待しておりますよ…。そろそろ、お暇しようかな?」
「もう少しいいではござらんか?明日には九州へ出発する故、一晩なりとも一緒にどうじゃ…」
「いや秀吉殿、私も明日は予定が多数故、おいとまするでござる。どなたかに、送っていただけまいか?」
野川の言葉も秀吉流になって来ている。

「あい、分かった。しようがござらん。じゃあ、儂が貴殿をお送りしよう…。誰ぞ、馬引け!!」

秀吉に抜け穴まで送られて、野川は暗い中一人で歩きに歩いた。
最後の階段を這って登った。
何とか現世界へ出ることができた。
議場の自席へ戻った。

「それにしてもあの御仁、何かに追われるているような、そんな気がしたな…。何だろうか? 国を治める立場になるとそう言うことになるんだろうか? 私も気をつけなければなぁ…。下手したら、全て誰かに奪い取られてしまうだろうな…。しっかりしないとな…」
と、独り言しきりの野川であった。
〔完〕