「右大臣道真、貴殿を大宰権帥(だざいのごんのそち)に任じる。早々に赴任されよ」
とうとう醍醐天皇から、菅原道真に九州への転勤勅命が下った。

道真は、
「このことは、宇多院陛下も御承知なりや?」
と口から出すのが背一杯だった。
実はこの異動、醍醐天皇は宇多上皇には内緒で進められていたのである。

傍らで控えていた左大臣藤原時平、心の中では、
「これで、藤原の権力が邪魔されずに済んだ」
と、俯いたままで、笑いが止まらなかった。

「上皇が御存じであろうが無かろうが、関係はない。右大臣の娘婿、わが弟、斉世(ときよ)親王を皇位につかせようとし、朕をないがしろにした。その罪は本来は死罪であるが、そこを譲って大宰府の勤番とした。大宰権帥、つまり九州総督府の代理長官である。それだけでも有難いと思うが良かろうぞ。しかと申し渡したぞ」

藤原氏の復権を目指す時平の謀略に、道真はまんまと引っ掛かってしまったのであった。

とにもかくにも、道真は九州に行くことになった
その時の道真は55歳、西暦901年、1月25日のことであった。
「もう、都には帰って来れないなァ…」
と云うのが実感であった。

道真が大切に育てていた自邸の白梅に別れを告げ、歌を詠んだと云う。
『東風吹かば にほひおこせよ梅の花
あるじなしとて 春な忘れそ』
と言い聞かせ、途中、道真の思い出の地に幾つか立ち寄り、船出の地、難波津に向かったのであった。

難波津からは九州に向けては、長の船旅になる。
いつもそうしているように、摂津住吉の航海の神にその安全を祈ったのであった。

住吉4神の神功皇后の本殿に跪いて、祈りを捧げていた。

その時、俄かにつむじ風が起こったのである。
つむじ風はまたたく間に大きな渦となり、道真は空に巻き上げられてしまった。
一緒にいた供の者10名ばかりも同様に、宙に舞ったのである。

そして気がついたときには、鬱蒼とした杜の中で横たわっていたのであった。

「はて、どうしたのであろうか? 何やら、ゴォッーと云う音とともに、宙に巻き上げられたようだったが…。ここは、何処だろう?」
木々の間から神社の赤い社殿らしきものが見えた。
「そうか、住吉様にお参りに来ていたのだった。お参りも済ましたし、そろそろ船に戻らないとな…」

辺りを見ると供の者、何人かがまだ寝転んでいる。
起き上ってきょろきょろしている者もいた。
「起きろ~!! 起きろ~!!」
と叫んだのであった。

「そんなところで、何をしておられる?
勅使様の御一行か?」
家康本陣の巡視兵がやって来た。
道真一行は衣冠束帯、宮中の格好をしていたからであろうか?
朝廷からの勅使に見えたのであろう。

「勅使様なら、殿のところへご案内仕るが…」
「いやあ、そのようなものではござらん。住吉様にお参りに来て、道に迷っただけでござる。放っておいて頂くのが、ありがたいが…。私は先の右大臣・菅原道真と云うものである。殿とは、どなたであるのか?」
「殿をご存じ無いでござるか? 先の将軍様、家康殿でござるよ」
「家康さま? はて?」

大抵のことは道真の頭の中に入っている。
しかし、殿と云われる家康という名は全く知識の中には無い。

都や政治とは関係の無いところへ来てしまったのであろうか?
「ここは何処だろう?」
林の中にいたのでは分からない。
周りの様子を見るべく、一行は恐る恐る歩き出したのであった。

住吉の社殿はさっきより少し違っては見える。
道真は
「まだ覚めやらぬせいか?」
とも思ったのであった。

道真一行は神社の境内を歩いていた。
そこへ先程の巡視兵が追いかけて来た。
「待たれい! 待たれい! 勅使殿!」
と叫んでいる。

勅使とは、はたまた面倒なことになったなァと思いながらも、道真は、
『大宰府に行ったって、何の面白いことがあるであろうか?再び都へ帰れる訳でもなし…。ならば、勅使に間違われているのは、これ幸い。ここで勅使になり済ましてやろう』
と思い、
「いかにも、帝の使いである。その殿とやらのところへ案内せよ」
と、高飛車に言ったのであった。

「かしこまりてござりまする。こちらにお越し願い奉りまする」
案内する巡視の兵、一同の先に立って、歩き出したのであった。
向かうは家康の本陣である。

住吉神社の少し南、細江川を渡ったところにある住吉神社の行宮に案内されたのであった。
ここはこの時、家康の本陣となっている。

「勅使御一行、お着きでござる」
道真らを別の兵に引き継いだのであった。

本陣の中へ案内された。
勿論、勅使は上座である。
家康初め参謀の側近達、そして隊長達も座を割って、上座への通路を空けたのであった。

道真一行が上座に収まったところで家康がいう。
「お役目、かのようなところまでお出向き賜り、祝着至極に存じまする。拙者が家康でございまする。帝のお言葉を頂戴仕りたく、存じまする。」
「帝の使い菅 直真(なおざね)と申す。ご丁重なるお出迎え、感謝するぞよ」

しかし、後は続かない…。
あとは黙るしか、手は無いように思えた道真であった。

朝廷に詳しい側臣・天海和尚は首をかしげている。
『菅 直…?? 聞いたこと無いぞ…。勅使派遣も聞いていないしなァ…。なんぞ新たな事態が起こったのに違いない?』

「菅殿でござるか? して、帝の御用向きは、何でござるかな? こ度の戦、早くも和議にとの仰せでござるかな?」
家康は、早く聞きたく少し焦っている。

しかし、黙っているわけにはいかない道真、あれこれ言葉を探していた。
「家康殿、まあそんなに急ぐではない。こ度の御身の様子、少し聞かせて頂こうか」
「菅殿とやら、訳も何もあったもんではない。儂が帝から征夷大将軍を戴いてからは早や10余年…。この豊臣の一族はそれに従おうとしない。
なんのかんのと言っては、徳川の将軍体制を認めようとしない。以前と同様に儂の上に君臨しているような気でおる。それじゃ、天皇様にも示しがつかない。それだけではなく、大勢の武家や領民にも示しがつかない。
どうも、彼らの拠り所とする巨大な大坂城がそうさせるのかと思ってな…。その城をつぶしてやろうとしている次第じゃ…」

「浪華にそんな大きな城があるのか? 初耳じゃな。知らない間にそんな城がなァ…」

「ところで、菅殿、帝の後水尾様の昨今はいかがかな?」
「ゴミズノオ…? はて…? 今上の帝は醍醐様であられるが…」
「ダイゴ…? はて…?」

傍らに控えている徳川参謀の天海和尚、しきり頭を捻っている。
「それは、確か今から数百年前の帝におわすのでは?」
「数百年前とは、はて? 今は宇多上皇に醍醐天皇のご治世であるがの…」
「話が合わないのう…。どこでどうなってるんやら…」
「いったい菅殿は、どういうお人でいらっしゃるのかのぅ…?」

かたりか、狂人か、計りかねている家康主従であった。

「本当のところを申し上げよう…。戯言を申して、混乱させたようじゃ。悪かったなァ。本当は勅使でもなんでもない。醍醐天皇のご命令で、大宰権帥(だざいごんのそち)として、大宰府に赴任する途中でござる。名は、菅原道真と申す。右大臣の役職を戴いていたのではあるが…」

「あの道真殿とおっしゃる? さすれば、天神様でござるな。天から降りてきたと申されるか?」
「そこのところは、良くはわからないが…、私は神になっているのか?」
「菅原道真様であれば、全国津々浦々でお祀りされておられる。天神様、天満宮様、…。ここ浪華にも天満宮がいくつかあるでのゥ…」

「いかにも、右大臣であった道真じゃ。神様かどうかはわからんが…」
「まさかとは、思うがのゥ…。天からお降りになったとは? 信じられない」

聞いていた天海和尚は決然と言った。
「これはこれは、天から神様がお降りになられたのでござろう。考えられないことではないがのゥ…。殿のご信心が天に伝わったということでござろうな…」

「前におわすは神様じゃ。我らの戦のお味方にお降りになった。ありがたいことじゃ…」
家康はもう、感激で感激で、涙さえ流していた。

しかし、道真はキョとんとしている。
「天海とやら。わかりやすく話してもらえまいか?」

「それは、こうでござる…。もう700年ほども前のことでござろう…。道真様が大宰府でお亡くなりになってから、都では落雷・竜巻、疫病、不思議なことが、引き続いて起こったのじゃ。道真様の祟りじゃ、ということになって、お祀りすることになったのじゃ。すると不吉な天変地異は、無くなったということじゃが…。道真様のお怒りを鎮める神社、天神社が全国各地に建立されて、厚いご信仰がなされているということじャ…」

「なるほど…、儂は死んでしまうのか…? 不吉な話じゃのゥ…」
道真は得心行かずの風であった。

「神様が何をおっしゃいまする。まことにもって、畏れ多いことでござる。拙僧は仏門には長くはおるが、このようなことに出会うのは初めてでござる。されど、神とこのように交わることができて、執着至極に存ずる…」
天海僧正も他の僧も平伏したのであった。

そして、重鎮の一人が住吉大社の禰宜のところに走った。
帝の御座所の一角を道真一行の居所にしつらえるように、交渉に行ったのであった。

「まあ良い。そのようなことは不要じゃ。全くの自覚がないでのう…。ここで、家康殿や天海和尚に会えたのも何かの縁であろう。互いに語ろうではないか…」

「もったいなきお言葉、家康感じ入り奉りまする。後は良しなに、お引き回しのほどを…」

「さあて、家康殿。確か浪華の城を潰すとか申されておられたな? どのようにされるか見たいもんじゃが…。ついでに天満宮とかやらへも、案内してくれんかのぅ?」
「天神様、御意でござる。今日のところはお休み戴いて、明朝、ご案内仕りとうござる」
「家康殿さえ良ければ、そうしてもらおうか…」

「誰か御寝所へ案内差し上げよ!」
と、その晩は道真一行、本陣内の仮の寝所へ案内されたのであった。

寝所には家康以上の数の警護兵が付けられたのであった。
道真一行もその夜は何も考えずに休むことにした。

「道真様、どのようになっていくんでしょうか?」
「私にも分からぬ。しかしあの者らは海賊か山賊かはわからぬが、悪い輩ではないようである。藤原時平の追手ではないようでもある。このまま、任せるしかないと思うぞよ。さあ、寝るか…」

家康はあくる日に神を案内することになる。
神様を乗せる神輿や馬など、考えられる限りの準備を周りの者に言いつけたのであった。

あくる日になった。
家康を先頭に、浪華見物の朝を迎えたのであった。

浪華見物と云っても、物見遊山ではない。
天満宮を見る、そして大坂城壊滅の戦いを見る、この2つである。

道真は神輿に乗せられた。神様であるから当然であろう。
しかし、道真は神としての扱いを嫌った。
途中で馬に乗り換え、家康主従と一緒に駆けたのであった。

大坂城周り四方は、徳川軍が張り付いているが、いつ豊臣軍が城内から打って出るかも知れない。
安全な道ということで大きく迂回し、城の北側に向かったのであった。

埋田(現在は梅田)の露天神社に着いた。
道真にしてみれば、一昨日ここを通って来たところである。
そしてここで、この度の処遇のいきさつを思い出し悔しさに涙したのであった。
『私が皇位簒奪をもくろんだ?そんなことするわけはなかろう…。時平のやつめ!!』

そして歌を詠んだばかりである。

『露と散る 涙に袖は 朽ちにけり
都のことを 思い出づれば』

天海はこの歌の露を戴いた天神社であるということを説明した。
道真から見れば、一昨日、通った時は荒地ばかりで何もなかったことを覚えている。
しかし今は見事に神社と町ができている。
夢を見ているようであった。
『いったい、どうしたんだろうか? 何が起こったのだろうか?』

神社の境内に神官がいたので問いかけてみた。
「道真公は、いずこにおわすのじゃ?」
「本殿の中におわせられる。ご丁重にお祀り申し上げておりまする…。貴殿もお参りなされませ…」
そんな答えしか返ってこなかった。

「やはり、私は祀られているのか?」
「どうでござろう天神様…。本当でござろう?」
「……???」
道真は返す言葉が見つからなかった。

家康主従は本殿にお参りしたが、道真一行は神社に一礼しただけだった。
その後、全員無言で神社を後にしたのであった。

次に一行は幕府家康軍の陣地に向かったのであった。

徳川軍は既に大坂城の四方を囲んではいる。
道真、家康一行が向かったのは大川の右岸(北岸)にある砲撃陣地であった。
実はここは大阪天満宮のすぐ南であるが、道真には知らせていない。
ここは、池田利隆、松平、本多などが守っている。

既に陣には大砲数十門が到着していて、大川の中にある島、備前島にその基台が完成し、大砲も設置されて、既に試射段階となっていた。

家康が突如現れたものだから、陣地内は大騒ぎになった。
そこで家康は一喝!
「儂のことなどはどうでもいい。まず大砲を撃ってみろ!!」

道真のことは何も言わなかった。勅使の視察とだけ言っておいたのであった。

この陣地のそこここではまだ多くの箇所の土木工事が盛んに行われていた。
大砲を設置するための地盤固めである。
既に設営が終わった砲では、イギリス人、オランダ人の技術者達が、身振り手振りで指導している。

どうやら、試射できる段階に入ったようである。
焙烙玉を込めて今にも撃とうというところであった。
大砲はオランダ製半カノン砲、そしてイギリス製カルバリン砲、そして和製の国友砲、果たして性能はどうであろうか?

「ドカ~ン!」
耳を劈かんばかりの音であった。
はるか前方で、火焔が上がった。
どこに当たったのかは、皆目見当がつかない。
「どこに落ちたのか、見て参れ!」
指示が飛ぶ。
若手の武将、馬を駆って走り去った。

しばらくして戻って来た。
「どこに落ちたかは、わかりませぬ。わが陣地でないことだけは確かでござる。それ以上は大川の向こうで、近づくことができませぬ」

今度は筒先を上げて撃ってみた。
「ドカ~ン!」

「見て参れ!」また指示が飛ぶ。
先ほどの若手武将、また駆けた。

しばらくして、
「今度は我が陣地と敵との境目の大川の向こう岸でございまする」
何度か繰り返すが、城に当たったという報告はない。

家康はじっと様子を見ている。
「もう敵にも感づかれているであろう…。時間が掛かり過ぎている」
つぶやいたが、早くせよとは言わない。
道真もじっと見ているが、少し考えがあるようであった。

「家康殿…。闇雲に撃ってもそれは当たらないであろう。中国の兵書に同じようなことが書いてある」
「それはどういうことなんですかな?」
「中国ではな…、魏呉蜀三国の時代から大玉を敵陣地へ撃っていたということだ。緻密に計算して撃たなければ当たらないということで、その方法が書かれてある。しかし、そんな計算をしなくても当てる方法があると、私はその時に思ったのだ。
横から、玉の飛んでいく様子を見ること。落ちたところを見ることに尽きる。兵を配して、すぐに報告させるんじゃ。
それはな、いちいち兵が走っていたんでは時間がかかろうて…。旗を使ってな、伝達するようにすればよい。紅、黒、白の三つの旗を持たせ、見える距離で伝達させるのじゃ。
10人も並べておけばよかろうて。合図の方法は、決めておく必要があるがな。
まあ、4、5回撃ち上げ角度を変えて撃つてばよかろう。その角度と伝達された落ちた場所を紙に書いて、その関係をなぞってみることじゃ。すると、目標物までの距離と角度が自然に出てくる。これで万全じゃ…。
しかし、風の影響があるでな…。風の方向と、強さはいつも測っておく必要はあるな…。」
「なるほどな。早速、やってみようと存ずる」
と家康、早速、池田に言いつけた。
池田は何人か家来を集めて、指示したのであった。

「それとな、家康殿。も一つ策を進ぜよう。これも、兵書からの受け売りじゃがの…。砲と砲を撃ち込む間にな、鬨の声を上げるのじゃ。それは敵に安心を与えないためにをするためじゃ。夜ならば眠らせないようにするためじゃ。すると、敵は参ってしまうからなァ…。降参は必定じゃて」
「なるほどなァ…。さすが神様、いや道真様。ご教示ありがたく存ずる。早速それも試してみとうござる」

そんな、話をしながら、その日は暮れてしまったのであった。
その日は、家康、道真一行住吉まで帰った。
道真の居所は、住吉大社の御座所の隣のお付の間に用意されていた。
道長一行は旅装を解き、そして緊張を解いたのであった。
もちろん警護の徳川兵が周りに居てくれている。

「道真様、これからどうなるんでございましょうか? 何やら時代も違うようなところに来てしまったような気がしまする」
「儂にもよくわからんが、大筒があったり、見事な城があったり、後の時代へ来てしまったようであるな…。
あの者らが云うには、儂らが生きていた時代は700年も前と云っておる。すると、儂らは700年後の時代に居ることになるなァ。
確か隋の古書に「時滑走(ときすべり)」という言葉が書れていた。仙人の得意技だそうである。仙人は何百年も何千年も生きると云われておる。おそらく、それに間違いなかろう…」

「それなら、元へ戻ることができるのでしょうか?」
「それはわからんがな…。古書によると、何らかの拍子に元に戻ると書いてある…。しかしな、戻ってもしかたがないではないか? 大宰府へ行って、殺されるだけじゃからな…。この時代を生きて行くほうが、何ほどか良いとは思うがな…」
「左様でござりまするな…。私どもも、どこまでもお供を仕りまする」

寝所の御簾の隙間から、月が覗いている。
「月や空は、時が変わってもかわらんなァ…」
その夜の眠りに入る一行であった。

それから1か月が経った。
久しぶりに家康が訪ねて来た。

実はあの後、家康は本陣をもっと大坂城に近い天王寺に移し、大坂城攻撃を指揮していたのであった。
やっと、戦も決着になりそうなので、ここ住吉に戻ってきたのであった。

「道真殿、ごゆっくりされましたかな? 儂等も落ち着きましたゆえ、お茶でも差し上げとう存ずるが?」
「お茶なら、いつも戴いているがのゥ…」
「いやそのお茶ではございませぬ。どうぞこちらへ…」
神社の庭園の中にある数寄屋風の座敷に案内されたのであった。

このころになると、二畳や三畳の茶室で、膝突き合わせてということは、もう少なくなっている。
ゆったりとしたした座敷で、お茶と庭を楽しむことになってきているのであった。

「道真殿、貴殿からご教示いただいた策でござるがのゥ…。大砲は3日もすれば、大体の狙い通りに当たるようになりましてのゥ…。二ノ丸やら曲輪(くるわ)やらを壊してやりましたのじゃ…。
鬨の声はのゥ…。一刻毎に、一晩中続けたのじゃ…。当然のことながら、敵はのゥ、寝不足になっているはずじゃ。敵がかなり参っておると思われる時になァ、今度は本丸に撃ちこんでやったわ。

思った通り、豊臣の方からのゥ、怖気づいて和議申し入れがあったワ。これで、今回の目標は達成じゃ…。
あとは城の明け渡しじゃのゥ…。諦めて渡してくれれば良いがのゥ…。もし渡さなければ、取り潰してしまうまでじゃが…。
それにしても、道真殿の作戦見事であった。この家康感じ入りましてございまする。厚くお礼を申し上げまする…」

「家康殿…。お手を上げなされ。上手く行ったのなら、それは目出度きことであるな…。儂は単なる思い付きを言ったまでの事であるが、礼には及びませぬぞ。貴殿のお力と、武運の賜物であると思うがなぁ…」

「拙者はこれから、三河へ帰るがのゥ…。道真殿はどうされるかのゥ…。何なら三河へご案内つかまつりとうござるが?」
「家康殿、そうもゆっくりしていられんのじゃ…。大宰府へ赴任しないといけないんじゃが…」

10

その日の夜中は、低気圧が接近し、海からの暖気移流で異常なほど暖かかった。
道真一行は寝苦しかったようである。

そこへ上空に寒気が張り出して来たのであろう。
冬にも雷は起きる。
寒気・暖気のせめぎあいがあればである。

遠雷が聞こえたと思ったら、突如、強烈な光線と大音響「バシャ、ド~ン」と…。
道真はしたたか壁に叩きつけられて、その瞬間気を失った。

道真一行は住吉大社、神功皇后殿の前に倒れていた。
しばらくして道真が真っ先に気が付いた。
供の者はまだ倒れている。
起こしにかかった時、神官の一人が何事かと近か寄って来た。

「大丈夫でございまするか? どうなされたのでございまするか?」
「どうしたんじゃろう? 俄かに風に巻きあげられた様だったが、気がついたらご神殿の前に寝転がっていただけじゃ…。ホントにどうしたんじゃ、分からぬ…。今はいつじゃ?」
「午の刻でござりまする。」
「日にちはいつじゃ?」
「如月の二十五日でございまするが…」
「年号は何じゃ?」
「はて、妙なことをお聞きなさる。昌泰四年でございまするが…」

「そうか…。悪いが、皆を起こすのを手伝ってくれまいか?」
「心得たり…」
と、2人で、次々と起こしていった。

道真の船の船頭らも寄って来た。
「右大臣様…、風も波も今よろしかろうと…。そろそろ出帆致しますゆえ、船にお戻りくださりませ…」

まだハッキリとは覚めやらぬ道真一行、後押されるままに船に乗り組んだ。
「船頭! 遠回りで悪いが、大川に行って欲しいのじゃが…」
「京へ御戻りなさるので?」
「いやいや、少し遡ってみたいのじゃ…。少し見たいものがあってな…」

大川河口から船は遡った。
城のあった場所まで来たが、そこは草木が生い茂った小高い丘のほか、何もなかった。

「やはりそうか…。不思議な事があるもんじゃ…。儂は仙人になったのであろうか? わからんなァ…。船頭、もう良いぞ。西国へ行ってくれ!」

道真一行の西国へ向かう船旅が再び始まったのであった。

〔完〕