関西の大政令指定都市、浪華市長に橋上航(はしがみわたる)が当選したのは昨年末の選挙であった。
現職の平杉市長と激しい戦いをした。
現職市長はその利を活かし役所の組織や機能も選挙に動かしたというが、戦い虚しく敗北宣言をするに追い込まれたのであった。

橋上陣営は既成のどの政党にも属さず、自らが「推進の会」と云う名の市民団体を創り、既にその会のメンバーが府知事や府会議員、府内の市会議員などに議席を持っていて、その実績が市民に広く認められつつあった。

橋上は、その生い立ちは豊かと云うよりは貧乏で、艱難辛苦を舐めて来た強さから、失うものは何もないと云う大胆な切り込みで、その不屈の精神が市民の喝采や期待を集め、当選したのであった。

しかし気合だけでは何も成就しない。その政策は、府市の2重行政の不合理からの改革、大都市であるが故の都行政への移行など、それらも期待を集めた結果であった。

ここ浪華は知事・市長が一体となって、必要なら国政の改革までも目指し、日夜激しく動いていたのであった。

今朝も浪華市長室にて市長を囲んで、
市交通局幹部との早朝会議が持たれている。

議題は、地下鉄でいえば、初乗り運賃を東京並みに下げれるかどうか?
バスで云えば、赤字の抜本的な改革案の提示。それぞれに企画書が持参され、市長の前におかれた。

「それぞれ、説明は5分にしてくれ…。5分で喋れない者は何分経ったって喋れないよ…。じゃあ、まず地下鉄からだ」
交通局長原田裕之が喋り出した。
「・・・。ですからして、現在では初乗り値下げは難しい状況であります」
と云うのが結論であった。

「分かった。じゃあ聞くが、私鉄の初乗りは安いが、どこに差があるんだ? 今、その答えを聞くのは無駄だ。来週分析表を出してくれ…。頼んだよ。次はバスだ…」

バスの説明が始まった。
「・・・。そういうわけで、乗客の少ない路線がネックとなっており、市民の足ということから廃止する訳にはいかず、赤字が続いているわけでございます」

「わかった。地下鉄と同じだ。私鉄バスとの違いを明確にした分析表を出してくれ。来週までだぞ。言っとくが、市長室でも調査はする。その積りでいてくれよな…。じゃあ、今日の会議は終わりだ。ご苦労さん、仕事場へ戻ってくれ…」

と、市長が会議を締めた瞬間、かつて見たことのないメガトン級の閃光が部屋を突き抜け、轟音が役所中を駆け抜けた。
窓ガラスの割れる音もした。
何が起こったのか分からない。
会議が終わったばかりの10人ほどは気を失ってその場に倒れてしまった。

暫くして、まず橋上が意識朦朧の中、起き上がった。
夢を見ているのか、なぜか河原にいる。
周りに10人ばかり寝転んでいる。
寝てる奴らの顔を見た。
「ウ~ン…、交通局長。 鉄道部長。…。交通局の連中か…」

他にも少し離れて河原に寝転がっている集団があった。
その集団の中から、何者かが起き上って、橋上の所にフラフラと歩いてきた。
「おう…。室長(市長公室)か? どうしたって言うんだ…?」
「さっぱり、何とも…。お答えできかねます。市長こそ何で?」
「俺に分かるわけがないだろう。一体全体何なのだ?」

橋上は周りをグルっと見回そうとした。しかし林立する葦に阻まれて良くは見えない。
隙間から川面が見える。それも両側に見える。
川の中州のようなところにいることだけは確かである。

「どこの川に投げ出されたんだろう?淀川か?それにしては川幅は狭いな?」
「市長、一体どうなったのでしょうか?どこにいるんでしょうか?そうだ、ケータイかけて見よう…。」
室長は知り合いの番号を選んで、掛けて見た。
何も聞こえてこない。

もう一度、携帯の画面を見た。残念ながらの圏外表示だった。
「よっぽどの、田舎に来たのか?ケータイもつながらんな? 一体、どこなんだ?」
室長は場所が悪いのかと、携帯の画面を見つつ、葦をかき分け歩き出した。

橋上も葦をかき分けて歩き出した。
水辺まで来た。
川岸が近くに見える。農家の納屋みたいなのがポツリとみえるだけで、橋も何も無い。

反対側にも行ってみた。ここも同じだ。
水辺を歩いて川を遡った。中州が終わる場所まで来た。
その先は一本の川になっている。
遠くで何やら煙が上がっている。

下流に歩いて見た。中州が尽きるところまで歩いた。
ここも一本の川になっているが、川幅はかなり広い、と云うかもう海に繋がっているようだ。
潮の香りが漂って来た。

遠目に船の残骸ようなものが幾つか見える。木製の船であろうか?
船首が焼け焦げているのもある。
どこの港だろう?

偵察は終わった。元の場所に戻った。
室長も戻っていた。
寝ていたも者、何人かは起きていた。

「山本君、ケータイはどうだ? 何か分かったか?」
山本とは市長公室室長、山本宏のことである。

「いや、一向に、ケータイもかかりません」
「そうか、どうやら川の中州であることは間違いない。河口にも近いようだ…。どうしたらいいんだろう? 今何時だ?」
「ホント、どうしたんでしょうね? 何時かな?時計見て見ます。アレレッ、動いてません。どれどれケータイは? 0:00です。動いてません。」

困り果てていた橋上市長一同、誰か近くを通る者がいないかと、中洲の両側で全員で手分けして見張りをすることにした。

そこへ一艘の小舟が近づいた。伝馬船である。
魚獲りの漁師のようであった。
「オ~ィ、オ~ィ、…」
呼びかけた。

ツツ~ゥと寄って来た船から、
「こんなとこで何をしておいでじゃ? 見慣れぬ奴じゃな。」
「道に迷って困っている。ここはどこなんだ?」

見るからに変な服装をした集団、漁師らしきは警戒心を解かない。
「どこからおいでた? 唐人か? 南蛮人か?」
「いや、日本人だ…。浪華から来た。」
武器は持ってはなさそうである。

「良ければ、向こう岸まで運んで貰えないか? 20人ばかりいる」
「運んでやらないでもないが、どうしたんじゃ?」
「分からないんだ。しかし、ここではどこへも行けなくて困っている。」

運んでくれることになった。
「お礼を申し上げる。ところで、貴殿の名は何と云われる?」
「上村彦次郎と申す。蜆(しじみ)村の住人。魚獲りをしてござる。かつては武士じゃったが、今は訳あって・・。 」
「蜆村?どこなんだ?」
「そら、川の向うにある村がそうじゃが…」
「一体、ここはどこなのか?」
「摂津の国浪花でござるよ…」
「摂津の国? 一体、今はいつだ?」
「何をとぼけたことを…。午の刻、卯月十日じゃ…。天正四年じゃ…。おわかりでござるか?」(註:1576年のこと)
聞いたことの無い年号である。

訳が分からないまま、全員、蜆村に案内されのであった。

実はこの彦次郎、信長軍団の細作(スパイ)である。
石山本願寺への水路、大川を見張り、その様子を信長に報告するのが役目となっている。

村へ着いた。
橋上一向、訳が分からないままきょろきょろしている。
彦次郎が被っていたほうかむりを取った。
初老の男かと思っていたが、意外と若者であった。

「ゆっくりせられい…。ここじゃと安心じゃ…」
と、全員に茶が振る舞われた。

「ありがとう…。 しかし、昔の風景だな…。さっき妙なことを言っていたようだが…。天正四年だとか?何のことかな?」と橋上…。
「今の年号のでござるよ。信長様が天子にお命じになって、変えさせた年号だが…。なんか不審でも…」

なんとなく橋上にも理解が始まった。
「ひょっとしたら、タイムスリップに出くわしたのか?映画のセットにしては大きすぎるし…。冗談だとしたら、過ぎるようでもあるし…」
「市長、何を独り言を…。どうなってしまったんですか?」
と室長…。

「どうやら、過去に戻ったみたいだ。それも大過去にな…。天正四年ってのは、本当に思えて来た。だとすれば、信長の時代だ…。空間はそのままで、時間だけが遡った。すると、ここは中之島の近くだ。さっきの中州は市役所の場所だ。エライことになったが、まあしようがない。みなにも、言っておいてくれ。決して、勝手な動きはするなよ、ってな。」

「お主の名は、何と云われる?」
「橋上だ、橋上航。未来の国からやって来た・・。」
「そんな国があるのか? 武士か? だとしたら、得意とする武具は何だ?」
「武士ではない。槍も刀もやらない。鉄砲もやらないただの町人である。」

「お主ら同士はどういう繋がりであるのか? 単なる町衆同士の繋がりであるか?」
次々と質問が飛んでくる。
口調も厳しくなる・・。

「単なる役人同士である。世の中への企ては何もない。」

この蜆村は、10戸程度の村である。
大きそうな家もない。
村人の厚意に甘えて、三人ぐらいづつ面倒を見てもらうことになった。
初日はそれで、日が暮れた。
川べりから、西に夕日を眺めた。
どっかで見た山だと思ったら、
それは六甲山であった。
赤々と染める夕日…。
やはりここは浪華だったのである。

その日の夜、細作彦次郎は信長のもとに出かけ、変な輩20名を捉えたことを報告した。
「南蛮人でもなさそうなり。我らとよく似た言葉を弄してござる。しかしどこの国の者たちかも良くはわからぬ。本人達も分かって無いようでござる。如何がすれば、よろしかろうか?」
「そんな奴がいるのか? 一度、儂に会わるが良かろう…。吟味しておくに越したことはないであろう…。あす朝連れて参れ…。ただし、首領という橋上とあと1人ぐらいだぞ…。残りの者の監視は怠るでは無いぞ…」
「御意…。早速…」

翌早朝、橋上と山本は信長の下に連れて行かれた。
この時、信長は大坂福島の信長軍の仮本陣にいた。
大川の北側の部分は信長軍が、南側から石山本願寺は毛利を始めとする本願寺軍が抑えていた。

「お館様、連れてまいりました」
「入れ!」
橋上、山本の両名、信長の前に案内された。

「信長である…。どこから来たのか?云うて見ぃ…。」
「橋上と申す。橋上航。浪華の総領である。400年以上も後の時代からやって来た。」
「山本宏である。橋上市長と同じである。」

橋上は、もう400年前にタイムスリップしたことに疑ってはいなかった。
果たして話が通じるのか…?

「何、400年も後の世界からやって来たとな? どういうことじゃ?」
「信長殿、下天(げてん)、人間(じんかん)の世界のことはご存じであろう? その下天世界からやって来たのでござるよ…」

橋上はもうこの時代の言葉になっている。
そして信長の好む「敦盛」の一節で、理解を得ようとしている。
(作者注:下天世界の一昼夜は人間世界の50年と云われる)

「下天は知っておるわ。人間は下天に比ぶれば儚いものよのう…。その下天の住人か?」
「左様でござるよ。下天から舞い降りて来たのでござる」
「信じ難いが、まあよかろう…。直ぐに切り捨ててやりたいが、下天の輩ではそうもいかん…。で、貴様らは何が望みじゃ…。」

「望みはござらん。下天に戻りたいだけじゃ…。信長殿の働きのさまを手土産にな…」
「負け戦をか…?今は、毛利・村上水軍の奴らに難渋しておる…。本願寺は大量の兵糧で元気付いておるところじゃ…。下天に恥をさらすのか?」
「信長殿らしくもない。至って弱気じゃな…。お困りなら知恵を貸しても良いぞ…」

橋上は信じられないぐらいの強気である。
彼は信長の性格は過去の歴史の中から十分見抜いている。
橋上は地で行っても強気であるが、それに輪をかけているようである。

信長は、
「橋上殿、お主は何ができるか? 槍か鉄砲か? どれじゃ?」
「何も出来ぬ、したことも無いわ。下天世界では、そんなもの要らぬでな…。人間の醜い争いには要るんじゃろうが…」

「何もできぬのか…。面白くはないのう。知恵はどうじゃ?働くのか?」
「貴殿よりは働くかも知れんのう…。」
「面白いことを言う、儂よりも回ると…。問うが、毛利・村上の焙烙火矢(ほうろくひや)を防ぐ手立ては何だ?」
「ほうろく…? 何でござるか?」
「知らぬのか? 彦、説明してやれ」

「瀬戸内の村上水軍は狭いところの戦いに長けておる。我が九鬼よりも数段上と思える。接近戦にはめっぽう強い。その接近戦の武器のことでござる。焙烙に火薬を詰めて、差し込んだ導火線に火を付けて相手の船に投げ込むものよ。時には大型の火縄銃、即ち大筒に込めて飛ばすこともある。食らうと船に火がついて始末におえん。あえなく降参となる。それが焙烙玉、焙烙火矢でござる。」

「なるほど、船が燃えるんじゃな…。信長殿も手が出んと見えるな…」
「そうよ…。熊野、九鬼の奴らでは何ともならんでの…」

「そのようなこと、簡単でござろう…」
「何と申した?」
「た易いことと申したのよ…。火の付かない船を造ればよかろう…。堺衆を動かせばどうじゃ…。鉄砲鍛冶に鉄の板を大量に作らせ、船に貼りつければよかろうと…」
「それは気が付かなんだわ…。燃えない船をつくることじゃな。一騎当千ならぬ、一隻当千じゃな…。誰そ、宗久をここへ呼べ!」

今井宗久がやって来た。
「宗久、鉄の船を造ってくれ、五艘もあれば十分であろう。堺衆の力を示す又とない時じゃ。」
「御意、しかし、またまたお珍しいものを…。」
「これで、こ度の戦に勝てるのじゃ。そちにかかっておるぞ。ここにいる軍師、橋上殿の策じゃ…。心してな…」

「分かり申した。この宗久、命に替えましても…」
と、そそくさと堺に帰っていった。
そして橋上は知らぬ間に信長の軍師にされていた。

「宗易、それに宗及を呼べ…」
千利休、津田宗及がやって来た。
「宗久に命じたが、後押し頼むぞ…。
そこここで、支援してやってくれ、頼めるのはお前らだけじゃ…」
と、フォローも忘れない信長であった。

「橋上殿、儂の家来にならぬか? ことがなった暁には、浪速を全部やるぞ」
「下天人が、人間人の家来にか? チャンチャラ可笑しいわ…。お断り申そう」
「それでは客分じゃな…。儂の横におれ…。策がなった折には、下天世界に戻してやろう…」

信長、橋上並んで座ったのであった。
橋上はもう蜆村に帰りたかった。
20人程度の部下も心配である。
しかし、信長と話せるチャンスと思い、腰を落ち着けたのであった。

橋上から喋りかけた。
「信長殿の望みは、なんじゃ?」
「決まったことよ。儂はな、この世界の安穏を望んでおる…。それにはな…、この世界を混乱させる奴らを無くすることよ。もっと云うとな…。儂に逆らう奴らを無くすることよ」
「なるほどな…。それで戦か?」

「そうよの…。あること無いこと、喋りまくる坊主…。力も無いのに、気位だけは高い将軍…。それに輪をかけたような天皇・公家…。皆、黙らせてしまうことよ…」
「そうか…。それなら、一層のこと天子に取って代わるしかないな…」
「儂が天子になるのか? 面白いことをいう…。頭に置いておくわ…。橋上殿の望みは何じゃ?」

「俺もな、同じようなもんだ…。浪華の民の幸せを願う政治をすることよ…。そうするとな…、どうしても国の政治が拙いことが見えて来た。だからな、国を変えて行こうか、そのために国の総領になろうか? と迷ってるところである。」

「そうかそうか…。お主と儂は良く似たことを考えているな…。ハハハ…。 面白い…。
まあ、儂のやるのを見ておれ」

「折角だ。見せて頂こう…。信長殿とは、意見が合いそうだな…」

「出かけて来るわ」
信長はそそくさと部屋を出て行ったのであった。

鉄の船ができるまでの間、本願寺との戦いは戦線膠着である。
海側は本願寺側が死守しているが、残り3方向は信長軍が固めていて、少しも動かない。

本願寺側は撃って出たいのではあるが、出れば負けるのがわかっているので、篭城戦を余儀なくされていた。

しかし、海から兵糧や武器が入ってくるので、何不足なく過ごしている様子である。
ひょっとしたら、飲めや歌えの騒ぎにもなっているのかも知れない。

信長は帰ってきた。
「天子から正三位と右大臣をもらったぞ。こんなもの、役に立つんか?」
「ほうぅ…。信長殿も天子の家来になり申したか。天皇は喜んだであろう。目に見えるようでござる」
「何を云う? 儂は家来にはなった積もりはない」
「そのお役は天皇の補佐をする役であろう…。正しく家来じゃ…。嫌なら、返すが良かろうと存ずるが…」
「そのうち、返してやろう…。邪魔になったときにな」

「安土に帰るぞ…。橋上殿も来るが良かろう」

馬に乗れない橋上は信長の家来某の背中にくらい付いて、安土を目指したのであった。

家来某は後ろから締め付けられっぱなしで、安土に着いたが早いか、バッタリ倒れたのであった。
橋上は橋上で、もう生きている心地がしなかったと云う。
とにもかくにも、信長と橋上は安土に帰ってきたのであった。

安土城はほぼ出来上がっていた。
信長にせかされて、橋上も山に登った。
山の麓から、秀吉を始めそれぞれ配下の武将の館が並び、次第に信長一族のの屋敷となり、最後は豪勢な天主閣に到着した。

その姿を一瞥した橋上、
「ほうぅ~。見事なものじゃのう…。信長殿の力を誇示するものであろうのう?信長殿なら見せ掛けのものは、不要かと思うがのう…。無駄な金は使わぬが利巧かと…」
「何を、橋上殿…、この世界はな…、見せ掛けは大事じゃ。それにな、こんな難しいものを作らすとな、技術も伸びるんじゃ。職人たちの力が付くから、それが巷のそこここで生きてくるんじゃ…。技術が進んでこそ、民の生活も向上するんじゃ…。お分かりかな?」

「なるほどな…。無駄の奨めでござるな…。信長殿に教えてもらったわい」

素直に聞き入る橋上であった。
「お礼と言っては何だが、信長殿に秘策を授けよう。儂の秘策じゃがな…」
と、話はまだまだ続くのであった。

「秘策とはな…。一言でいうと、地方分権よ…。それぞれの国を独り立ちさせるのよ…。信長殿には良い家来が沢山とおありになる。その家来を地方に分散させて、それぞれを国として経営させる事よ」
「そんなことして大丈夫か?  反逆したら、大変な事になり申そうぞ」
「それは信頼関係よ。ただし、念の為に信長直属軍を整備しておく必要があるがのう…。」
「そりゃ、そうだろう…。安心の為にな…」

「そしてな…、安土で流行っている楽市をな、それぞれの国で行わせること。それで民も安心して仕事に励み、富が貯まる。貯まった分のなんぼかは領主に納めさせる。民は守られているという気持ちから、喜んで納めてくれるわ。それを信長殿が上手く管理すれば、日本全体が富んで来るのよ。いちいち国主信長殿が走り回っているのは、それは大変なことだからのう…」

「なるほどな…。儂は安土で悠々と過ごせると言う訳じゃな…。家督も信忠に譲ってな…」
「御意、その通り…、それで我が国が上手くいく。」

「天皇、公家はどうするんじゃ?何もしない奴らに金をやるのは、馬鹿げているがのう…。」
「それはそうじゃの…。 天領、公家の荘園を廃止なされい。それを、民に分配すればよかろう…。抵抗はアリアリだろうがのう…。それは武力で抑えんといかんのう…」

その後、最も信頼できる明智光秀を初めての国持ちに当てることにし、近江の国南部を経営させることにしたのである。

「それにしても、この城は見事なもんじゃな…」
四方山話が続いたのであった。

橋上と20名の下天人、安土城の曲輪にとどまる事になったのである。

信長は忙しかった。
その後、紀州の雑賀征伐に行ったのである。橋上も付いて行った。
通る道々、京から摂津、河内の国を眺めながら…

石山本願寺では、信長軍の包囲している様子も見た。
戦闘は無かった。

和泉の国、雑賀の砦まで来た。
いよいよ戦いが見られるかと思って期待はしていた。

しかし雑賀は賢いから、無駄な戦いはしない。
信長軍が鉄砲を撃ち掛けると、予め用意していたのであろう、誓詞を差し出し、たちまち和睦となったのであった。

10

以来、一年半の月日が経過した。
天正6年(1578年)になろうとする頃、待ちに待った鉄甲船6隻が完成した。

焙烙玉を自ら撃ち込んで鉄甲船の不燃テストもした。
上々であった。
九鬼水軍は港を意気揚々と出帆したのであった。

この時の為に雑賀衆との和睦もしていた。
紀伊水道を難なく通過して、一旦堺の港で兵糧・焙烙玉を大量に積み込んだ。
そして浪花の木津川河口へ向かったのであった。

信長、橋上達は木津川河口の右岸(北側)で高見の見物と洒落込んだ。
と言っても何時なんどき敵が襲ってくるかも知れないので、軍の体は成している。
橋上も山本も甲冑を着けて信長に並んで馬上見ている。

木津川の河口辺りは毛利・村上水軍の船がのんびりと固めている。
多くは尼崎やら神戸やら港に帰ってしまっていた。
20~30隻しかいない。
そこへ南方向から黒船が現れた。

勿論黒船の後には、多数の木造船も控えている。
大船団、信長船団である。

黒船は一列横隊になって、村上水軍めがけて進んできた。
気づいた村上の船々では、
「ありゃなんじゃ…」と騒ぎ始めた。

村上もツツ~ッと黒船目掛けて舳先を向け進んでいく。
焙烙火矢の射程距離に入った。
火矢を撃つ…。
「ドーン」「ドーン」と音が響く。

九鬼の船に当たり始めた。
今にも燃え上がるかと様子を見ているが、中々燃え上がらない。

黒船はドンドン近づいてくる。
村上から火の玉を撃つが、燃え上がらない。
黒船からも火の玉のお返しがある。
村上の船に火がつきだした。

必死で消そうとするが、飛んでくる火の玉の方が多い。
船を捨てて、海に飛び込み始めた。
あっちの船でもこっちの船でも…。

暫くして、村上の援船が駆け付けた。
かなりの数である。
燃えている船をかき分けて、進んでくる。

九鬼は後の船から焙烙玉の補給も十分である。
同じことである。新手の船も燃えだした。

村上水軍が引き始めた。
前線に黒船を出して、木造船団が木津川河口を占拠した。
信長軍の大勝利である。
以降、村上の船は大坂の海には出てこなかったと云う。

11

「橋上殿の作戦、見事である。この信長、今まで礼など言った事はないが、初めて礼を言う。」
「もったいない言葉である。儂よりも、堺や九鬼衆を褒めてやってくれ…。作戦があっても実行できなければ何にもならんわ。実行できる奴らが凄いのである」
「分かった、わかった。そのようにするわ」

これで、石山本願寺は四方八方信長軍に包囲された。
兵糧の補給も無くなった。
後は信長軍、時期を見て石山総攻撃をするだけとなったのである。

信長、橋上は安土城に連れだって帰った。
その夜、戦勝祝いの宴が催された。
信長は上機嫌で、いつもの敦盛を舞ったのであった。

『思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ』

酒宴は大いに盛り上がったのであった。

橋上一族はこの時始めて、光秀やら勝家やら秀吉の姿にお目にかかったと云う。

信長の「寝るぞ・・!」の声にお開きとなった。

橋上は寝床の橋上曲輪までは辿り着いたことは覚えているが、後は全く覚えていない。

「市長、どうされましたか?」
警備職員の声に目が覚めた。
しばらくの間、気を失っていたようである。

「雷が落ちまして、役所はしばらく停電だったんですが、やっと復旧しました。市長室は大丈夫でしたか? 窓ガラスも割れているようですが…」
「大丈夫だ…。皆も起こしてくれ…。今何時だ?」
「落雷があってから、一時間ほど経っています。9時半ですけど…」
「下天界の一時間は人間界の2年か…」
「はあ~…? 何をおっしゃってるのか…」
「まあいい。さあ仕事だ…」

安土城の次の朝のこと、
本丸の横にあった橋上曲輪が跡形もなく消えていたという。

その年の5月、橋上は役所の休日を利用して、山本室長と連立って信長の墓参りに出かけた。
京都の清玉上人ゆかりの阿弥陀寺にである。
信長を想いしばらくの間手を合わせた。

「折角だから、安土に行ってみようか…。」
二人はそのまま安土に急行した。
しかし、安土城は石垣の他、なにも無かったのであった。

〔完〕