旧仮名である「ゐ」の付く酒は数多くは無い。
あるデパートの売り場を眺めている時に、偶然に「井筒屋伊兵衛」という酒を手に入れた。

酒蔵である京都伏見のST酒造の説明によると、この酒は京都産酒造好適米「祝(いわい)」を使った酒だそうである。

「祝」とは、昭和8年に京都で育成され、昭和30年代前半頃には奨励品種として多く栽培されていて、伏見での酒造米のうち一番使用量が多かったと云われる酒米である。

しかし、「祝」は収量効率が悪いため、昭和50年代には他の酒米に押され、全く栽培されなくなったと云う。
それが昭和62年に京都の米で京都の酒を造ろうと云う機運が高まり、京都府農業総合研究所で「祝」復活の試みが行われ、増産に成功したのであった。

そして平成2年にST酒造始め各酒蔵で試醸が行われ、現在も醸造し続けられていると云うことである。

ST酒造の商品として出来上がったのがこの「井筒屋伊兵衛」である。
酒銘はST酒造の当主代々の屋号であり、復活させた「祝」を2度と途絶えさせてはいけないと云う思いから、銘々したとのことである。

さて入手した「井筒屋伊兵衛」純米大吟醸酒は、精米歩合は40%、アルコールは15度、日本酒度+3.0、酸度1.3である。
データーとしては近年の美味いと云われる酒の標準的な値である。

祝という酒米は心白の部分が大きいので、40%にも磨けば大部分は心白となり、美味い大吟醸ができることは容易に想像ができる。

早速頂いてみよう。
美味い酒である。
少し濃厚であるが、芳醇・フルーティーでもある。
それは米の香りと云っても過言ではない。
また少々の辛口であるが、喉越しはスッキリしている。
幾らでも飲んでいたい味わいの酒であった。

この酒、3年前の全日本酒類コンクールでは第一位を獲得しているというのも頷ける。
そして、この祝を酒米として、京都の水、京都の工場で造られた酒は「京ブランド食品」に認定されていると云う。
京ブランド食品と云う背景から京都府やJA京都もこれを支援している。

このST酒造であるが、元禄の頃、泉州より伏見に移り、井筒屋伊兵衛の屋号で呉服商を営んでいたそうである。
そして9代目となった明治28年、酒造業へと転じたと云うことである。
当時の酒銘は、柳正宗、大鷹などであったが、大正天皇の即位を記念して、英勲という酒銘にして、現在もそれを続けている。
酒蔵の場所は伏見の東高瀬川と大手筋との交点の南西側にある。

酒米「祝」に戻る。
酒米の復活は一つの酒蔵だけでは難しい。
幾つかの酒蔵の賛同が必要である。

今年の2月、京都市役所前の地下街で「祝」の栽培復活20周年を記念して「京の酒米『祝』の酒◎きき酒・販売会」が開催されている。
主催は京都府、JA、酒造組合等である。

参加された方のブログを見ていると、早々と売り切れになった酒蔵の「祝」酒もあったと云われ、大盛況であったことが伺える。

参加出展した酒蔵は伏見の酒蔵のみならず、京都府内の全域から20蔵である。
女性杜氏で「久仁子のお酒」で売り出し中の伊根のMI酒造、それにHR酒造にSS酒造と丹後の「祝米」の地元からも、意欲的に出展している。

地産地消ではないが、それぞれの酒蔵では地元の米と水で酒造りをすると云う動きがあって、日本酒ファンにはこれからはますます楽しみな時代となって来たのである。

〔ゐノ酒 完〕