「羅生門」と云う名の酒は、欧州の食品品評会「モンドセレクション」金賞を長い間受賞し続けているわが国でも数少ない酒銘の一つである。
モンドセレクションは絶対評価なので、品質審査をクリアーしたもの全てに与えられる賞であり、その受賞の評価については種々意見があるところであるが、それを25年もの間、連続受賞していることは素晴らしく、その継続力に敬意を表する。

この羅生門の酒蔵は「TB酒造」という。
和歌山市のJR和歌山駅に近いところにある酒蔵である。
地元では昔から「大東一」と云う酒銘で知られていた酒蔵である。

「ら」の酒は羅生門と決めていたので、迷わず入手した。
手に入れたのは、財布に少し優しいモンド受賞の酒羅生門龍寿でなく、羅生門純米吟醸という銘柄であったが…。

羅生門純米吟醸は日本酒度+4、酸度1.4と云う、羅生門シリーズでは最も淡麗辛口の酒である。
早速頂いてみた。

それほどの辛さもない。
淡麗辛口の見本のような酒である。
このような味は料理を選ばず、いくらでも飲むことができる。
直ぐに空いてしまったのであった。

TB酒造は江戸末期に和歌山城下で創業した酒蔵である。
以来、明治・大正・昭和と地元向けの酒を醸造して来ていた。
その代表銘柄が、先ほどの大東一である。
大東一と云うのは、大東国(我が国日本)で一番となるという蔵元や杜氏・蔵人達の願いが込められた酒銘とのことである。

戦後の復興期に、5代目社長のK氏が黒澤明監督の羅生門の映画を見て感銘を受けたそうである。
羅生門はその映画から名付けたとのことである。

余談であるが、平安京の門は羅城門が正解であるが、芥川氏の小説では羅生門と「生」に書き直されている。
恐らくは、そのテーマが老婆のが生への執着、盗賊の生への執着であるため、生きると云うことで、「生」が使われたのであろうと思われる。

蔵元のK氏はメジャーになることを志し、モンドセレクションにエントリーして金賞を得、それを今日まで継続している。
その努力が販売面でも実って来ている。
デパートの酒売り場でも、必ずと云っていいほど、高級日本酒となって羅生門が並べられているのである。

このTB酒造にはもう一つ話題がある。
それはK氏の孫娘、S子嬢である。

S子嬢は、蔵の杜氏の指導受けて、和歌山産の山田錦、紀ノ川の伏流水、そして和歌山産酵母とすべて地元和歌山にこだわった酒を作り上げたのである。
純米吟醸酒「さとこのお酒」として発売した。
多くのメディアが取り上げた結果、発売日には完売したというエピソードもある。

このS子嬢がブログに書いている文章を少し引用させていただくことにする。

『六代目蔵元の娘で技師をしております長谷川聡子と申します。
当蔵では女性の蔵人は私がはじめてのことで、入蔵より今日まで杜氏の指導のもと「いつか自分のお酒が造りたい」という想いを胸に酒造りの勉強をしてまいりました。

このたび、蔵元、杜氏の許可を得て、私が仕込みをまかされたお酒『さとこのお酒』を発売することになりました。
小さな酒蔵の娘が造ったお酒ですが、皆様に味わっていただければ幸いです。
これからも、酒造りに励んでまいりますので、よろしくお願いします。

和歌山でも古くから酒造りをしてきました。
私はいつか自分のお酒が造れる時が来たら、原料のすべてを和歌山産にこだわったもので造りたい、和歌山の日本酒をもっといろんな人に知ってもらいたいと強く思っていました。 そして今回、蔵でもはじめての試みである「和歌山県産米」「紀ノ川の伏流水」「和歌山酵母」を使った「さとこのお酒」を醸しあげました。

そして、そのラベルのデザインをしてくれたのは、中学時代からの親友でデザイナーの吉良麻衣子さんです。
「いつか私が造って、キラコ(あだ名)がデザインしたお酒ができるといいね」
と私が蔵に入ったときからよく二人で話していました。
今回、その願いが叶いキラコは快くデザインを引き受けてくれました。
モチーフとなっているお花は私の誕生花である「カンパニュラ」というお花で、花ことばは「友情」です。

「るみ子の酒」「さと子の酒」そしてその原点の物語が生み出した『夏子物語』と云う酒、女性の酒という新しいジャンルが広まって来ている。
大いに期待は膨らむ。

〔らノ酒 完〕