「も」の酒は酒銘「桃の滴」を選んだ。
実はこの酒シリーズの表紙画像に載せていた京都伏見の「MM酒造」の順番が早く来ないかと思っていたが、やっと来たのである。

MM酒造は伏見の街の西の外れにある。
東高瀬川の左岸川べりにあり、写真のような酒蔵らしい酒蔵の佇まいで、とても綺麗である。
酒蔵の建物ではこの建物が一番好きな建物である。
この建物があるからこそ酒シリーズを始めたと云っても過言ではない。

この建物、京都市の「歴史的意匠建造物」、経済産業省の「近代化産業遺産」、そして京都市の「重要景観建造物」の指定を受けているのである。

場所は伏見の大手筋を西へ…、アーケード街を抜け更に西へ…、坂本竜馬の避難小屋がある濠川を渡り更に西へ…、次の川の手前にこの蔵がある。
近くへ行かれることがあったら、是非に見て欲しい建物である。

建物はこれくらいにして酒である。
手に入れたのは「桃の滴(もものしずく)純米吟醸酒」である。
データは、原料米五百万石 (富山県産)、 精米歩合58% 、日本酒度+5、酸度1.3、アミノ酸度1.5、アルコール度15度以上16度未満 である。

早速頂いてみる。
濃厚と辛口のバランスが取れている。
どちらか言うと辛口が勝っているような気がするが、上品な感じではある。
どんな料理にも合うのであろうと思われる。

この「桃の滴」であるが、あの松尾芭蕉が伏見を訪れた時に残した名句、
「我が衣に 伏見の桃の 雫せよ」
を酒銘とすることで、芭蕉の心を範とし丹精込めて磨き上げたものであるとのことである。

芭蕉は、この酒蔵の東南にある「西岸寺、油懸地蔵」に任口(にんこう)上人を訪ねた。
そしてその上人の徳を讃え、それに一滴でも肖りたいと詠じたものである。
句碑も西岸寺にある。

そして勿論、この酒蔵の酒水は酒蔵の敷地内に湧く名水「伏見の水」である。

MM酒造は江戸時代18世紀末の創業である。
最初は京都東山の八坂で創業し、商号を「澤屋」としたそうである。

ずっと下って大正12年、名水を求めて伏見の現在地に蔵を造った。
この時建てた酒蔵と煉瓦建造物の倉庫と煙突は、月桂冠大倉記念館や十石舟等とともに「伏見の日本酒醸造関連遺産」として経産省の近代化産業遺産に認定されているのである。

またこの時、先の「きの酒」で飲んだ同じ伏見の酒蔵「KZ酒造」を分家して、両社とも今日まで伏見の酒処の一翼を担って来ているのである。

MM酒造は酒銘「日出盛」が主な製品であるが、昭和の終わりころになって吟醸純米酒「桃の滴」を発売した。
また、品質の安定を図るために、原料処理装置を導入するとともに、原料米の好適米使用比率や平均精白度の数値を研究し、より高品質な酒の安定生産を可能にしたそうである。

この酒蔵、万暁院と云う迎賓館を敷地内に持っている。
これの建築に着手したのは大正時代、資材を集めることから始め、竣工は約30年後まで待たなければならなかった。
その30年を記念して、1万日の後の暁に実現したとのことで万暁院と名付けている。
万暁院には、桃山時代から江戸時代の文化的な工芸品等を数多く収蔵しているとのことでもある。
この万暁院とその正門が国の登録有形文化財に登録されている。

MM酒造では、この万暁院の美学が蔵の酒の風味となっているとのことである。

伏見には色々な酒蔵がある。
中世から伏見にあった酒蔵、このMT酒造やTH酒造の様に引っ越してきた酒蔵、などである。

昨今、酒の市場は大きく変化して来ている。
その中で、日本酒造りに徹する酒蔵は、やはり我が国の文化の担い手とならなければいけないと思う。
伏見の酒蔵は、その歴史はともかく、これからの日本酒を、今までと同様、目先の利益ではなく適正価格で、飲む人の印象に残る醸造を心掛けてくれるものと期待して止まない。

〔もノ酒 完〕