無上盃(むじょうはい)と云う酒を入手した。
純米吟醸で酒蔵は「奈良TZ酒造」である。

早速飲んでみる。
正に標準的な純米酒である。
芳醇と云えば芳醇、淡麗と云えば淡麗。
文句なしに美味い酒である。
酒としての主張があまりないので、どんな料理にでも良く合いそうである。
しかし、このところ濃厚な酒が続いたので少し物足りない気分もする。

酒瓶のラベルには、日本酒度+3、アルコール度15度以上16度未満、酸度1.4、原料米は山田錦100%、精米歩合60%、となっている。

この無上盃は、発酵学の権威、東京農業大学の小泉武夫名誉教授の命名だそうである。
教授は「この上ない酒に出会えたらこの名を付けよう」と語られている。

奈良TZ酒造は明治元年、大阪玉造の創業だそうである。
その後、灘、伏見などで酒蔵を造ったそうであるが、昭和30年に奈良TZ酒造を独立させ、現在に至っている。

奈良TZ酒造は小さな酒蔵である。
昭和40年代日本酒ブームが到来した頃、酒元の4代目当主は、
「これから世の中が豊かになるにつれ、 消費者は本当に良い酒を望むはずだ」
と考え、純米酒造りに力を入れたそうである。
その思いは今も変わらず、この蔵の8割方は純米酒となっている。
そして機械化はせず、全て手造りに徹した酒造りを行ってきている。

その功が認められ、この蔵の杜氏のF氏は平成14年、卓越した技能者である「現代の名工」に選ばれ、厚労大臣表彰も受けている。

またこの無上盃の上位酒銘である大吟醸「豊祝」は、全国新酒鑑評会で金賞10回の受賞となっている。

この酒蔵、小粒でピリリと辛い、奈良の酒蔵である。

酒蔵の場所は奈良市郊外の今市町というところにある。
今市町と云っても馴染みのない地名であるが、帯解寺の近所と云えば、多くの方がお分かりになるのではと思われる。
帯解寺の西500mぐらいの所にある。
JR奈良駅から「万葉まほろば線(桜井線)」に乗って、2つ目の駅「帯解」が最寄である。

少し前、帯解寺を訪ねたことがある。
この酒に出会うことを予想していたわけではなく、1つ目の駅「京終」の街角ウオッチングのついでに立ち寄ったものである。

元々帯解寺は弘法大師空海の師である「勤操大徳」が開基の霊松庵と云う庵だったそうである。

長い間世継ぎに恵まれなかった文徳天皇の染殿皇后が春日明神のお告げによってこの寺にて祈願をしたところ、惟仁親王(後の清和天皇)が生まれた。
文徳天皇はそれを喜び、勅願により伽藍が建立され、勅命により帯解寺と名乗るようになったという。
以来、安産・子授け祈願の寺として天皇家や一般を問わず、篤い信仰を集めるようになったのである。

江戸時代には、2代将軍・秀忠の正室お江に世継ぎが無く、この帯解寺にて祈願して、目出度く竹千代、3代将軍・家光を出産したとのことである。

同じように3代将軍・家光に世継ぎがなく、側室の御楽の方が当寺にて祈願したところ、竹千代、後の4代将軍・家綱を安産したと云われている。

近代になっても、美智子皇后、雅子皇太子妃や秋篠宮妃を始め、多くの皇族の方々が安産祈願を行っていることで有名である。

訪れた時にも一般の方であろう、安産祈願の方がお参りに来られていて、岩田帯やら御守を授与されていた。

丁度藤の花の季節であった。境内には紫の藤の花が綺麗に咲いていたのであった。

またこの辺りは、古代の奈良の5街道の一つ、上ッ道が通っている。
僅かながら旧町屋もあり、その時の風景と「無上盃」の風味が重なるのである。

〔むノ酒 完〕