「奥の松」という名前の酒がある。
奥州二本松市に本社がある酒蔵が、その場所に因んで命名したものである。
社名は「OM酒造」と云う。

酒屋で最近良く見かける酒である。
今回、奥の松の特別純米酒を手に入れた。
データによると、 精米歩合60%、日本酒度0、酸度1.4、アルコール15%、原料米国産、米麹国産となっている。

日本酒度は0だから、甘口でも辛口でもない。酸度1.4は淡麗でも濃醇でもない。
酒の分類チャートに当て嵌めると丁度中央に収まる酒である。

先ずは頂いてみよう。
かなり濃厚な味がする。
やはり東北の酒、酸度と云ってもその酸を生み出す基の種類が違うのであろう。

喉越しはどうか?
これはスッキリで抵抗感がない。
大人数で飲んでも、誰にもに合う酒であろうと思われる。

まずOM酒造であるが、江戸享保年間の創業である。
当時二本松は、丹羽長秀の孫・光重が二本松城に入城するとともに城の大改修を実施し、藩としての陣容を整えつつあった頃である。
藩の充実に従って酒も要るのは常である。
この頃にOM酒造は「油屋酒造店」として創業したのであった。

話は前後するが、この二本松城、会津と同様に戊辰戦争にて落城の憂き目にあっている。
この戦争の時、二本松少年隊が結成され、故郷を荒しに来た余所者軍隊と果敢に戦って散って行ったとの哀しい話がある。

OM酒造は、昭和も戦後になって株式会社と改め、酒ビジネスの全国展開に乗り出したのであった。
そして奥の松のラベルは俳優森繁久弥の書とし、コンビニやスーパーを中心に販路開拓にチャレンジして業績を伸ばしているところである。

品質の面でも、21世紀になってモンドセレクションに出展し、毎年の如く金賞を受賞している酒蔵である。

二本松市と云えば、福島県の中央を貫く奥州街道沿い、いわゆる中通りにある街で、北には福島市に、南には郡山市に挟まれていて、交通の要路の街である。

二本松と云えば、直ぐ思い浮かぶのは安達太良(あだたら)山、そして安達太良山と云えば「智恵子抄」であろう。
夫で彫刻家画家そして詩人の高村光太郎が妻智恵子を偲んで出版した詩集である。

冒頭は智恵子の実家のシーン、まだ智恵子が元気なころのこと…、
『あれが阿多多羅山(あたたらやま)
あの光るのが阿武隈川(あぶくまがわ)
・・・・・ 』
から始まっている。

しかし智恵子抄と云えば、「レモン哀歌」であろう。
好きな歌なので、以下引用させていただく。

『そんなにもあなたはレモンを待っていた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとった一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱっとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
こういう命の瀬戸ぎわに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたような深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まった
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう』
~高村光太郎「智恵子抄」より~

安達太良山と云えば、二本松と云えばこの歌が思い出されてならない。
智恵子がなぜ酒の話に出て来るの?と云う疑問がお有りかと思う。

実は智恵子の実家は「米屋」という屋号の二本松の造り酒屋であった。
酒銘は「花霞」、この実家の酒蔵から安達太良山を眺めていたのが冒頭の歌である。

この「花霞」という酒銘は現在、近くの酒蔵「DTG酒造」受け継がれている。
その名は「智恵子の花霞」という酒である。

〔おノ酒 完〕