「そ」の付く酒に「蒼空」という銘柄があることを知ったのは。全くの偶然であった。

以前、京都御室の仁和寺前の店に京名物「衣笠丼」を食べに行った時のことである。
まず店に入ってカウンター席に着席、衣笠丼を注文した。
待っている間に店の中を眺めてみた。
この店、AG亭御室店という。
昼は定食屋、夜は居酒屋なのであろう。
日本酒の酒瓶がカウンターの奥に並んでいた。
その並びに、蒼空という酒があったのである。

丁度「そ」の付く酒を探していたのでラッキーと思い、店の大将に聞いて見た。
「この酒、蒼空はこのあたりの店で手に入るんですか?」
「いや、このあたりじゃなく、東本願寺の前の酒屋さんから届けてもらってます」
「是非、その酒屋さんを教えてください」
丁寧に、地図と電話番号のメモを書いてくれた。
後日、その店に行こうと思ってメモを大事に持っていたのであった。

しかし行く必要は無くなったのである。

その少し後、「街道いろは探歩」で伏見の毛利橋通りをウオッチングをしたときに、偶然にその酒蔵の前を通ったからである。

そのくだりはこうである。

『・・・・・・
暫く行くと左手に小さな酒蔵がある。
FO酒造と云う。
以前からここの「蒼空」と云う酒に興味があったので、中を覗いてみる。
店の中には、Barもある。
一本買い求めて、店員さんに由緒を伺った。
・・・・・・・』

詳しくは書かなかったが、4合瓶一本を注文したとき、店員さんが奥に引っ込んで、コルク栓の酒瓶を持って現れた。
恐らくは、樽から直接瓶に入れる量り売りのスタイルなんであろう。
倒れないように縦型の袋に入れてくれたので、大事に持って帰ったのであった。

この蒼空FO酒造の建物は新しい。
しかし創業は明治時代である。
この酒造は元々は京都東山で酒造業を始めた酒蔵である。
大正期に伏見のこの場所に移動して、昭和・平成の初期まで酒蔵を営んでいた。
大正期の最盛期には8000石の酒を製造していたそうである。
銘柄は「万長」で地元の人を始めとして広く親しまれていたと云う。

しかし昭和のある時、蔵元の急死により一旦廃業したのであった。

「なんとかもう一度お酒を造りたい…」
との5代目の現蔵元が各地の酒蔵で勉強をし、そして多くの人たちの協力のもと今から10年前、新しい酒蔵を建てた。
そしてその冬は蔵元自らが杜氏となり、酒を造り始めたのであった。

その年に出来た酒はわずか28石であった。
換算すると約5000リッター、5トンでトラック一車分である。
しかし手間暇掛けた全て手造りの純米酒であった。

酒銘は「青空を見上げるとホッとできるように 飲んだ人が優しい気持ちになれるように」とそんな酒でありたいと「蒼空」と名付けられた。
またSilky taste(絹のように滑らかな味わい)の酒を造りたいと、伏見の名水の一つの「白菊水」を自社内の井戸から汲み上げて仕込み水としている。

単なる商業主義で、かつてのFO酒造がそうであったように、安い酒は機械で大量生産し、高価な酒のみ手造りで丁寧に造るという生産方法ではなく、新しい酒蔵では純米酒から純米大吟醸酒まで全ての酒を、同じタンク同じ手のかけ方で、全て手造りにて製造していて、納得できる酒造りとなっている。

そして現蔵元は、以前の蔵が閉鎖される前の最後の酒を口に含んだときの味わいと感動は今でも忘れ無い、それを目指すという。

FO酒造はこれからの若い酒蔵である。

「よい酒は必ずや天に通じ、人に通じる」という信念の下、是非とも頑張ってファンを広げて行って欲しいと思う。
訪問した時は、店を盛り上げようという店員さんの熱意も十分感じられた酒蔵であった。

さて、蒼空の味である。
蔵出し状態で購入したものである。
米そのもののフルーティーで芳醇な味わいに、酒度を高めたスッキリ感の漂う酒であったことは言うまでもない。

〔そノ酒 完〕