信長の頃、摂津高槻城主・高山右近(30)は悩んでいた。

「イエズス会こそ政道を正し、領民に幸せをもたらすものである。
儂は疑ってはいない。
高槻藩、領民25,000人、内キリシタンは17,000人。これを為政者の幸せと言わずになんと言おうか?
寺社には『寺領安堵、徴税自由』の触書を出して、僧侶・信徒も良く協力してくれた。
檀家や信者が減って、火の車の寺社、そのまま倒れるのを見るに見かね、建物を買い取ったり、してやったのに…」

右近が浮かないのは何故か?、何が気に掛かっているのか?

「あの、忍頂寺のやつらめ…。 坊主も信徒もワシの言うこと聞かない。2回も3回も、警告したのに…」

忍頂寺は高槻から見たら西部、北摂の山間にある大寺院である。
この辺りの五ヶ庄の庄園地主でもあり、地域の信頼も厚い。

高槻にある寺社の殆どが右近の発令に従ったのに、ここだけは何とも動かない。

それもそのはず、ここ忍頂寺庄は竜王山の肩にあり、右近の故郷、山裏の豊能の高山へ通じる清阪街道にある。
右近も何度となく通り、その度に一休みしたところであった。

忍頂寺長老から見れば右近は、ガキのはなたれ小僧以外の何者でもなかった。

「今度は、ワシが行ってみるか」
領民思いで腰の軽い右近は気軽に供10人ばかりを連れて、もう一時間後には忍頂寺に着いていた。

「和尚、来たぞ!」
「おう、小僧か? 久しぶりじゃのう…。大きくなって…。立ってちゃ話も出来ん。まあ座れ」

「和尚、今度のことじゃが…」
「ワシはウンとは言わん。お主も武将の端くれなら、力ずくで取ってみい」

あくる日、忍頂寺は200人ほどの軍勢で囲まれた。

兵は広い境内の堂宇を一つ一つ点検し始めた。
誰一人居ないことを確認するために…。
そして仏達を、裏山に穴を掘って隠した。

火の手が上がったのは、それから間もなくであった。

「山あいに 過ぎし日忍ぶ 薬師寺」

〔にノ段 完〕